弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ミスは数より質?-クビにならないために重要なのは同じ間違いを繰り返さないこと

1.能力不足解雇の予兆

 能力不足・職務不適格を理由に解雇される予兆として、口頭や書面による注意・指導の機会が急に増えることが挙げられます。これは、能力不足・職務不適格を理由とする解雇が有効と認められるためには、事前の指導等によって改善の機会が付与されたことが重要視されるからです。

 例えば、山川隆一ほか編『最新裁判実務体系 第8巻 労働関係訴訟Ⅱ』〔青林書院、初版、平30〕764頁には、

労働者の能力不足・職務不適格は、再三の指導・研修の付与、あるいは口頭や書面による注意、降格や軽い懲戒処分などの事前の改善措置によっても容易に是正し難い程度に達していることが必要である。このため、能力不足・職務不適格を原因とする勤務成績不良の事実は、原則的には一時的なものでは足りず、能力不足・職務不適格を裏付ける多数の具体的な事実が必要とされることが多い。一方で、ここにいう個々の事実が仮に些細なものであったとしても、それが恒常的に繰り返される場合には、当該労働者の能力不足・職務不適格は重大であると判断されることもある。

という記述があります。

 こうした裁判実務を意識して、能力不足・職務不適格を理由に労働者を解雇する方針を固めた使用者は、対象となる労働者に対し、集中的に指導、注意を繰り返します。これにより、ミスが恒常的に繰り返されていた履歴を残すとともに、改善の機会を与えたという外形を作り出します。そして、ある程度ミスが積み重なった段階で、解雇に踏み切ります。

 集中的な指導、注意の対象となった労働者の方は、往々にして強い不安感に苛まれます。しかし、些細な非を理由に注意、指導が繰り返されたとしても、事後の解雇無効を理由とする法的紛争との関係では、過度に悲観する必要はありません。能力不足・職務不適格を理由とする解雇の可否を判断するにあたっては、単純にミスの数だけをみるのではなく「同じ間違いを繰り返していたのか」という観点から評価を加える裁判例も少なくないからです。近時公刊された判例集に掲載されていた大阪地判令2.9.10労働判例ジャーナル106-34 大阪市北区医師会事件も、そうした裁判例の一つです。

2.大阪市北区医師会事件

 本件で被告になったのは、地域医療等を目的とし、訪問看護・介護を行う医師会立北区訪問看護ステーション(本件ステーション)を運営する一般社団法人です。

 原告になったのは、介護福祉士資格を有する女性です。被告との間で「従事すべき業務の内容」を「介護業務及びそれに付随する業務」とする労働契約を締結していましたが、「職務遂行に必要な能力の欠如」「協調性の欠如」を理由に解雇されてしまいました(本件解雇1)。本件では、この解雇の可否が、争点の一つとして問題になりました。

 被告は原告の能力欠如を立証するにあたり、様々な事実を多数主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、能力欠如が解雇理由になることを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、介護福祉士の資格を有するものの、訪問介護の実務経験自体は1年半しかなく、それも生活援助が中心で身体介護の経験が乏しかったためか、上記・・・のとおり、複数回のミスを行っている。なお、それ以外にもサービスの提供(洗濯物を干す)を失念するなどのミスもある・・・。しかしながら、そのミスの内容としてはヒヤリ・ハットメモの記入にとどまったものが多い上(事故報告書を含め原告の責任を問う趣旨のものではない・・・。)、証拠によっても、原告が注意指導を受けても同じミスを繰り返したなどの事情は見当たらず、いまだ指導教育をしても改善が見られないとまではいえない。また、能力向上の意欲が欠如していたとまでいえないことも上記ウのとおりである。したがって、上記各ミスの故に、原告において『職務の遂行に必要な能力を欠き』(本件就業規則60条3号)又は『その能力』『が欠ける』(同条6号)とまではいえず、また、解雇につき、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるともいえない。」

3.腐らずに同じミスを繰り返さないように留意しておいた方が争いやすい

 解雇要員とされ、些細なミスにまで逐一、注意・指導を受けていると、やる気がなくなったり、萎縮したりして、更にミスが増えることも珍しくありません。

 しかし、そうした状況に置かれても、腐らずに同じミスを繰り返さないように努力していた方が、いざ解雇の効力を争う時に、労働者側に有利になるのは確かです。

 解雇の効力を争う事件は、解雇要員として狙いを定められた時点から既に始まっているので、法的紛争を視野に入れている場合、決して自暴自棄にならないことが大切です。