弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則の不利益変更の無効確認請求は可能か?

1.確認の訴えの利益

 就業規則の変更が無効であること(変更前の労働条件が引き続き有効であること)の確認を求める訴訟は、当然に適法となるわけではありません。それは、紛争を直接的・根本的に解決する手段とはいえないことが多いからです。

 例えば、大阪地判平12.2.28労働判例781-43ハイスイテック事件は、退職金規定の変更の効力を否定し、旧退職金規定の有効性の確認を求めた訴えについて、

「原告は旧退職金規定が効力を有することの確認を求めるものであるが、その確認を求める趣旨は、退職金規定の変更によって生じた将来の退職金債権の有無や額に対する不安を除去するところにあるといえるところ、退職金債権は、原告が退職して始めて具体的に発生するものであり、退職前には未だ具体的な債権として存在するものではない。そして、退職金規定は、当事者が合意する場合には容易に変更され得るし、合意のない場合においても変更される余地がある。そうであれば、退職前に退職金規定の効力の確認をしても、無益といわざるを得ず、また、退職金債権については、これが具体的に発生した段階で給付請求をしても遅すぎることはない。そうであればね右確認を求める訴えは、即時確定の利益を欠くものというべきである。」

と訴えの利益を否定し、原告の請求を不適法却下しました。

 しかし、就業規則の不利益変更の効力を問題にする訴訟であったとしても、必ずしも不適法として許容されないわけではありません。

 近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地立川支判令2.6.19労働判例ジャーナル106-50パーソルテンプスタッフ事件も、確認訴訟が許容された事案の一つです。

2.パーソルテンプスタッフ事件

 本件は、被告の従業員である原告が、

電車が遅延した際に遅刻した時間分の賃金を控除しない扱い(遅延非控除)をする労使慣行を変更して、平成30年7月以降、遅刻した時間分を賃金から控除する扱いとしたこと(本件変更〔1〕)

就業時間中の通院について通院時間分の賃金の一定額を控除しない扱い(通院非控除)をする旨の賃金規程の規定を削除して、同月以降、通院時間分を賃金から控除する扱いに変更したこと(本件変更〔2〕)

の無効の確認などを求めた事件です。

 いずれの変更にも令和2年6月30日までは、遅延非控除、通院非控除を適用する経過措置が設けられていました。

 こうした事案では、二つの観点から、確認の利益が問題になります。

 一つ目は、過去の就業規則の変更の効力を論じても、問題の解決に繋がらないのではないかという観点です。問題は通勤遅延、通院をした時に賃金を控除することの適否なのだから、通勤遅延、通院して賃金が差し引かれた時点で、その分の賃金の支払を求める訴訟を提起することの方が適切ではないかという考え方です。

 二つ目は、経過措置との関係です。仮に、通勤遅延の前、通院する前に予め問題を片付けておく必要があるとしても、経過措置の存続中は、通勤遅延、通院が生じても、不利益を受けない立場が保障されているのだから、訴えを提起する実益に欠けるのではかという考え方です。

 本件でも、被告からこうした問題提起がなされましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の訴えは不適法ではないと判示しました(ただし、結論としては原告の請求を棄却しています)。

(裁判所の判断)

-本件変更〔1〕との関係-

「原告は、本件変更〔1〕が無効であることの確認を求めるところ(請求1(1))、被告は、過去の法律関係の確認を求めるものであり、また、本件変更〔1〕については経過措置が適用されているから現時点で確認をする必要がなく、確認の利益がない旨主張する。」

「確かに、本件変更〔1〕の無効の確認を求めることは、過去の法律関係の確認を求めるものであるが、その確認をすることにより、本件変更〔1〕に伴い支払われなくなる各賃金の支払請求等の将来発生する紛争の抜本的解決にも資するものといえる。また、令和2年6月30日までは上記経過措置が適用されるものの・・・、本件口頭弁論終結後、間もなく同措置が終了するのであって、同措置が存在することによって確認の利益を否定するのは相当ではない。」

「そうすると、請求1(1)については確認の利益があるというべきである。」

-本件変更〔2〕との関係-

「原告は、本件変更〔2〕が無効であることの確認を求めるところ(請求1(2))、被告は、過去の法律関係の確認を求めるものであり、また、本件変更〔2〕については経過措置が適用されているから現時点で確認をする必要がなく、確認の利益がない旨主張する。」

「しかしながら、上記2(1)で論じたのと同様に、過去の法律関係の確認を求めるものではあるが本件変更〔2〕の無効を確認することが本件変更〔2〕に伴い支払われなくなる各賃金の支払請求等の将来発生する紛争の抜本的解決に資するものといえ、また、令和2年6月30日まで上記経過措置が存在すること(認定事実(2)オ)によって確認の利益を否定するのは相当ではない。」

「そうすると、請求1(2)については確認の利益があるというべきである。」

3.就業規則変更の効力を争う訴訟も存外可能?

 遅延控除、通院控除が生じた時点で、控除の違法性を主張して給付訴訟(控除分の未払賃金訴訟)を提起することが可能であるのに、裁判所が確認の利益を認めたことは、率直に言って、やや意外でした。

 確認の利益との関係で問題があることから、あまりやろうという発想にはなりませんでしたが、本件のような訴訟が許容されるのであれば、不利益が顕在化する前から就業規則の不利益変更の効力を直接議論することも、存外ハードルが低いのかも知れません。