弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ホテルのフロント係の不活動時間の労働時間性

1.残業代の金額が跳ね上がる類型

 昨日、残業代が跳ね上がる類型として、変形労働時間制の有効要件が崩れた場合をご紹介させて頂きました。これと並んで残業代の金額が伸びる類型に、仮眠時間などの不活動時間に労働時間性が認められる類型があります。

 不活動時間は、割増率の高い深夜帯に、比較的長めに設定されることが少なくありません。そのため、これに労働時間性が認められると、残業代が一気に膨らむことになります。

 昨日、一昨日とご紹介している大阪地判令2.9.3労働判例ジャーナル106-40 ブレイントレジャー事件は、不活動時間に労働時間性が認められた事案でもあります。

2.ブレイントレジャー事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、ホテルの経営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で業務委託契約を締結し、被告の経営するラブホテルのフロント業務に従事していた方です。業務委託契約の実質は労働契約であるとして、自らの労働者性を主張し、時間外勤務手当等(残業代)を請求する訴えを起こしました。

 本件では、原告の労働者性のほか、不活動時間の労働時間性も議論の対象になりました。

 問題になった不活動時間は、休憩・仮眠時間、昼食時間、夜食時間の労働時間性です。

 被告の就業規則では、

「フロント係,ガレージ係においては、始業時刻を午前11時、終業時刻を翌日の午前11時とし、休憩、仮眠時間は原則4時間、昼食時間は1時間、夜食時間は1時間とする。」

と規定されていました。

 被告はこれを労働時間ではないと主張しましたが、原告は、

「本件ホテルでは24時間いつでもチェックインができることとなっているものの、休憩時間とされる時間に、原告の業務を代替的に行う者を確保するなどしていなかったため、原告は、勤務時間帯中、常にモニターが設置されているフロントや、その周辺での待機を余儀なくされていた」

と主張して、これらは労働時間に該当すると主張しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、4時間の限度で不活動時間に労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件ホテルにおいては、原告が勤務する際、フロント係が原告一名しかおらず・・・、チェックイン及びチェックアウト時の利用客への対応や、在室中の利用客に対する軽食の提供といったフロント係の業務は、24時間体制で従事しなければならないものであった上・・・、被告は、原告が休憩や仮眠の取得を開始又は終了する特定の時刻も定めていなかった・・・。加えて、原告は、被告との間で、形式上業務委託契約を締結しており・・・、就業規則上の休憩時間の内容を明確に認識していたとはいえない。」

「以上の事実からすると、原告は、不活動時間中の一定時間帯において、フロント係の業務に対応する可能性に備え待機する必要性があったということができ、原告の勤務する時間帯に原告以外の従業員が勤務していた・・・とはいえ、他の従業員と交替するなどして、契約上定められた量の休憩時間(6時間)を取得することが保障されていたとはいえず、被告もかかる状態を認識していたものといえる。」

「そうすると、不活動時間中の一定の時間帯については、原告が、契約上の役務提供を義務付けられていたと評価することができる。」

「他方、本件ホテルでは、土曜日こそ、客室が満室になることもあったものの、平日には10室前後の客室が利用されているにとどまっている・・・。ホテルの利用客が一定時間客室に滞在することを考慮すると、特に平日においては、利用客によるチェックイン又はチェックアウトが行われる回数は限定されたものとなり、原告が、モニターを通じて利用客に対する必要な範囲の観察、料金支払い等の対応といったフロント係の業務を行う回数も限られたものとなる。加えて、軽食等の注文は、一部の利用客からのみ行われるものである上、その多くが、12時から14時までの間及び19時から21時までの間になされるものであり、早朝や深夜に行われるものは極めて少なかったこと・・・からすると、平日(月曜から金曜)の0時以降の深夜時間帯においては、実作業に従事する必要性や可能性が薄い時間帯があったというべきであり、かかる時間帯については、契約上の役務提供を義務付けられていたと評価することができない。本件で、契約上の役務提供が義務付けられていなかったと評価することができる時間は、2時間と認めるのが相当である。」

「したがって、本件請求期間中、平日(月曜から金曜)の0時から5時までの間の2時間を除く時間については、契約上役務の提供を義務付けられていたものと評価することができ、被告の指揮命令下に置かれていたものというべきであるから、実労働時間に該当する。」

3.ホテルのフロントで働いている方へ

 ホテルのフロント係で働いている方の中には、本件の原告と同じような働き方をししている人も、相当数いるのではないかと思います。

 冒頭で述べたとおり、不活動の仮眠・仮眠時間に労働時間性が認められると、まとまった額の残業代を請求できる可能性が高まります。

 仮眠や休憩を理由に給料が払われなものの、実際には仮眠や休憩をとれておらず、釈然としない、そうした思いをお抱えの方がおられましたら、ぜひ、お気軽にご相談をお寄せください。