弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

報酬が勤務時間と関係なく定められ、兼業が認められている取締役でも、労働者性を主張できる可能性はある

1.労働者性の判断基準

 取締役、請負人、業務受託者など、雇用以外の法形式のもとで働いている人がいます。こうした方々の働き方に関わる問題を考えるにあたっては、労働者かどうかが重要な意味を持ちます。労働者性が認められれば、労働基準法や労働契約法をはじめとする労働法令を適用することができるからです。

 委任契約、請負契約、業務委託契約(準委任契約)といった契約類型では、現実にある力関係を捨象し、当事者双方が対等であることを前提にした形式的なルール設定がなされています。

 しかし、労働法は、労働者と使用者の力関係に格差があることを前提としたうえ、契約の一方当事者である労働者を保護することを意図して作られています。

 そのため、私的自治・当事者対等の原則のもとで放り出されるのか、それとも、労働者として労働法令による保護を受けられるのかは、働く人にとって、死活問題になることも少なくありません。

 それでは、労働法令の適用を受けられる労働者なのか、そうではないのかは、どのように切り分けられているのでしょうか。

 昭和60年12月19日に、労働省労働基準法研究会が、「労働基準法の『労働者』の判断基準について」という報告書をまとめています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 この報告書は、

「『労働者』であるか否か、すなわち『労働者性』の有無は『使用される=指揮監督下の労働』という労務提供の形態及び『賃金支払』という報酬の労務に対する対償性、すなわち報酬が提供された労務に対するものであるかろうかということによって判断される」

と述べています。

 この指揮監督下の労働、報酬の労務対償性の二つの基準は、総称して「使用従属性」と呼ばれます。

 労働者か否かは、使用従属性の有無によって判断されます。こうした観点から、報告書は、

1 「使用従属性」に関する判断基準

(1)「指揮監督下の労働」に関する判断基準

(2)「報酬の労務対償性」に関する判断基準

2 「労働者性」の判断を補強する要素

との章立てのもと、種々の考慮要素の意味付けを行っています。

2.労働者性の判断に当たっての留意点

 報告書で示されている判断基準は、実務に対して強い影響力を持っています。行政でも司法でも、労働者性の判断は、基本的には、報告書で示されている基準に準拠して行われています。

 この報告書を理解するにあたり注意しなければならないのは、「重要な要素」とされている項目と「補強要素」とされている項目との間には、考慮要素としての重みに明確な差異があることです。

 労働者性が認められるのか否かの判断に本質的な影響を与えるのは、「重要な要素」とされている部分です。「補強要素」とされている部分は、結論にそれほど重要な影響を与えるわけではありません。

 重要な要素というのは、例えば、仕事の依頼、指示等に対する諾否の自由の有無です。報告書には、

「具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対して拒否する自由を有しない場合には、一応、指揮監督関係を推認させる重要な要素となる。」

といったように記述されています。

 補強要素とされているのは、例えば、報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価と判断されることや、専属性の程度といった事情をいいます。

 この補強要素とされているチェックポイントでは、負けたとしても、それほど大したことはありません。重要な要素の部分で勝っていれば、労働者性が認められる可能性は十分にあります。

 近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。大分地判令2.3.19労働判例1231-143 鑑定ソリュート大分ほか事件です。

3.鑑定ソリュート大分事件

 本件は取締役の労働者性が問題になった事件です。

 本件で被告になったのは、不動産鑑定評価業務を主たる事業目的とする株式会社です。

 原告になったのは、不動産鑑定士の方です。平成28年6月1日、被告会社の本店で不動産鑑定評価に関する業務を月額報酬制で行う契約を交わし、同日付けで取締役に就任したことを内容とする登記がなされました。その後、平成30年1月17日に被告会社の代表取締役から、

「明日から出て来なくてよい。君の私物についてはこちらの方で私物かどうかを判断した上で後日郵送するから事務所に来ることはならない。」

などと言われ、翌日の臨時株主総会で取締役解任決議がなされました。

 これに対し、実質的には労働者であるところ、取締役解任の通知は解雇の意思表示であると主張して、被告に対し、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。

 被告は、兼業が許容されていたことや、報酬が勤務時間等に関係なく定められていたことを指摘したうえ、原告の労働者性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示し、原告の労働者性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告について被告会社の取締役就任登記がされており、原告は取締役就任の承諾書に署名押印しているが、同登記がされてから取締役解任登記がされるまでの約1年8箇月の間、原告が被告会社の取締役としての権限を行使したことはなく、被告会社の経営に関わることはなかったのであり、このことからすれば、本件契約締結に際し、原告には、被告会社の取締役という立場に見合った権限はそもそも付与されておらず、取締役として活動することも予定されていなかったものと認められる。」

「他方、原告は、被告会社の取締役であった被告Y2から、大分事務所で業務を行うに当たって原告が遵守すべき事項として午前9時から午後5時までを業務時間とする旨が規定された本件社内規程を交付され、実際に、兼業を除いては、基本的にその業務時間どおりに業務を行っていて、業務を行うに当たっては、その内容や納期等について被告Y2から指示を受けるとともに、業務の進捗状況も被告Y2により把握・管理され、業務に後れがあったときは、その遅れを取り戻すよう命じられるなどしており、また、被告Y2において、原告のスケジュールの把握が可能であった。これらのことからすれば、原告は、兼業を除いては、被告Y2の指揮監督の下で、時間的場所的拘束を受けつつ業務に従事していたものと認められる。

以上によれば、被告会社における原告の取締役登記は名目的なものにすぎず、原告は、実質的に被告会社の労働者であって、本件契約は、労働契約であったと認められる。

「これに対し、被告会社は、原告が国土交通省の土地鑑定委員会の定める地価公示鑑定評価員の応募要件を満たす不動産鑑定の実務経験を積むことを目的に本件契約を締結したのであるから、原告は取締役であって労働者ではなかった旨主張するが、仮にそのような目的であったとしても、その目的を達成するための実務経験は取締役としてのものでも労働者としてのものでもよい・・・のであるから、上記目的は原告の労働者性を否定する事情になり得ない。」

「また、被告会社は、原告が、兼業を認められていたこと、依頼される業務について諾否の自由を有していたこと、被告Y2から逐一業務遂行上の指揮命令を受けておらず、業務遂行方法や業務場所及び業務時間に裁量を有していたことから、原告は取締役であって労働者ではなかった旨主張するが、兼業を認められていることから直ちに労働者性が否定されるものではないし、原告が依頼される業務について諾否の自由を有していたか、仮に諾否の自由を有していたとして、それがどの程度に自由であったかは証拠上明らかではなく、上記・・・の説示のとおり、原告は、行うこととなった業務の遂行について、被告Y2からの指揮命令を受けていたものであるから、原告が本件契約において裁量を有していたとしても、それが労働者性を否定するほどの広い裁量であったとは認められない。

「さらに、被告会社は、本件契約に基づき原告に支給された報酬が、勤務時間等に関係なくその額が定められたものであり、原告の業務に対する対価ではなく、役員報酬と位置付けられるから、原告は取締役であって労働者ではなかった旨主張するが、報酬額が勤務時間等に関係なく定められたとしても、そのことから直ちにそれを役員報酬とみなければならないものではない。

4.補強要素の部分をみるだけで悲観しないこと

 一般の方の中には、取締役、兼業可能、定額報酬制と並ぶと、それだけで労働者としての権利を主張するのは無理だろうと思い込んでしまう方もいるかも知れません。

 しかし、各要素と報告書の記載を紐づけてみると、どれも大した考慮要素ではないことが分かります。

 報告書は、労働者性の判断にあたっては

「雇用契約、請負契約といった形式的な契約形式のいかんにかかわらず」

実質的な使用従属性を判断するとしています。

 また、兼業が可能であることは、「『労働者性』の判断を補強する要素」の一内容としての位置づけしか与えられていません。

 報酬の労務対償性に関する判断基準の中には、報酬が時間給である場合への言及はあっても、月に定額の報酬を受け取っている場合への言及は見られません。

 重要度の劣る考慮要素の部分で、それほど望ましい評価が導かれなかったとしても、仕事の指示等に対する諾否の自由の有無や、指揮監督の有無、拘束性の有無など、より積極的な位置付けを与えられている評価項目の部分で労働者性が認められる場合、裁判所が労働者性を認めることは十分に有り得ます。

 報告書の内容は技術的であり、一般の方が目を通して結論を予測しようとしたとしても、あまり上手くは行かないのではないかと思います。

 取締役、請負人、業務受託者の方で、契約を解消されたことに納得できない、残業代が払われないのはおかしいのではないか、といった疑問をお抱えの方は、労働法の適用ができる事案ではないのかを、一度、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。