1.整理解雇の解雇回避措置
整理解雇については、①人員削減の必要性、②解雇回避措置の相当性、③人選の合理性、④手続の相当性を中心に、その有効性が検討されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕363頁参照)。
解雇回避措置の相当性を判断するにあたっては、ⓐ広告費・交通費等の経費削減、ⓑ役員報酬の削減等、ⓒ残業規制、ⓓ従業員に対する昇給停止や賞与の減額・不支給、賃金削減、ⓔワークシェアリングによる労働時間の短縮や一時帰休、ⓕ中途採用・再雇用の停止、ⓖ新規採用の停止・縮小、ⓗ配転・出向・転籍の実施、ⓘ非正規従業員との間の労働契約の解消、ⓙ希望退職者の募集等の措置がとられているかが問題になります(前掲『労働関係訴訟の実務』372頁参照)。
これらの考慮要素は相対的なもので、
「企業が倒産の危機にあるような場合には、人員削減の必要性が高いにもかかわらず、解雇回避措置を十分に講じるだけの企業体力がない場合が多く、このような場合にまで、多額の出費や多くの時間を必要とする性質の解雇回避措置も必ずとらなければならないとするのは過剰な要求というべきであろうし、企業規模や労務内容の専門性によっては、配転・出向やワークシェアリングといった手法を検討し得ないような場合もあるのであり、このような場合には、こうした解雇回避措置をとることまでは求められていあにというべきであろう。」
と理解されています。
労務内容の専門性が高い業務の一つに、大学教授があります。それでは、学部廃止に伴って大学教授を解雇する場合、配転等の措置をとることの要否は、どのように理解されるのでしょうか? また、配転を検討する必要がある場合、どのようなポストが検討対象になるのでしょうか?
この点が問題になった裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。奈良地判令2.7.21労働判例1231-56 学校法人奈良学園事件です。
2.学校法人奈良学園事件
本件は、学部再編に伴って解雇等された複数の大学教員らが、解雇の効力を争い、地位確認等を求めて出訴した事件です。
被告になったのは、奈良学園大学を設置する学校法人です。
原告らは、いずれも、同大学のビジネス学部又は情報学部で、教授、准教授、専任講師として勤務していました。しかし、大幅な定員割れによる財政の悪化を打開するため、被告大学の理事会は、ビジネス学部・情報学部を廃止し、人間教育学部・保険医療学部・現代社会学部を新設することなどを決定しました。その過程で過員となった原告らは、被告に解雇等されることになりました。
解雇回避措置の相当性について、原告らは、
「社会科学系の新たな学部が設置されるのであれば、原告らを配属させることは可能であり、本件解雇及び雇止めを回避することは容易であった。」
と主張しました。
これに対し、被告は、
「中等学校教育職員への配置転換の募集、事務職員への配置転換の募集」
など解雇回避努力は尽くしていると主張しました。
こうした状況のもと、裁判所は、次のとおり述べて、解雇回避努力が尽くされたとはいえないと判示しました。
(裁判所の判断)
「被告は、本件大学のビジネス学部及び情報学部の学生募集の停止をした平成26年度以降、両学部の教員を対象に希望退職の募集や転退職等に関する説明会を開催し、退職金の割増しを行う希望退職を募るほか、初、中等学校の教育職員や事務職員への配置転換の希望を募るなどの対応をしていた。」
「また、認定事実・・・のとおり、被告は、理事長、常勤理事及び常勤監事の平成28年度の報酬を、理事長については20%、その他の者については10%の削減をすることを決定したほか、同イのとおり、同年11月14日開催の常勤理事会において、職員の同年度賞与の削減が取り上げられ、常勤理事の高等学校長らの了承が得られなかったことから賞与の削減には至らなかったものの、人件費の削減に向けた取組をしようとしていたことが窺える。」
「しかしながら、原告らは、いずれも本件大学のビジネス学部又は情報学部の教授、准教授ないし専任講師という大学教員であり、高度の専門性を有する者であるから、教育基本法9条2項の規定に照らしても、基本的に大学教員としての地位の保障を受けることができると考えられる。また、認定事実・・・のとおり、被告は、平成28年6月17日にA1大学教員異動選考基準を制定しており、平成26年度に新設された人間教育学部及び保健医療学部へのビジネス学部又は情報学部からの異動者の選考に当たっては、専門性の高い授業を担当するための業績が文部科学省の教員審査で『可』の判定がされているとか、共通教育科目について幅広い教養教育の授業を担当するための業績が同省の教員審査で『可』の判定がされていることなどが定められているところ、被告は、原告らを人間教育学部又は保健医療学部に異動させることができるかどうかを検討するための前提となる文部科学省による教員審査を受けさせていない・・・。」
「また、認定事実・・・のとおり、本件大学のビジネス学部及び情報学部の教員のうち、R1教授その他の2名の合計3名について、同省のAC教員審査で『可』の判定がされ、その後、他の2名が他校へ転出したことから、R1教授のみが人間教育学部に異動している。そして、原告らのこれまでの経歴、専門分野及び本件大学における担当可能科目は、認定事実・・・のとおりであるところ、これらの内容に照らすと、ビジネス学部及び情報学部に在籍する学生がほとんどいなくなったことにより過員となった教員たる原告らを人間教育学部又は保健医療学部に異動させ、担当可能科目を担当させることがおよそ不可能であるとはいえず、そのために必要な手続である文部科学省によるAC教員審査を受けさせ、『可』の判定が得られるかどうかを確認することは十分に可能であったと考えられる。しかしながら、本件記録を検討しても、被告が原告らについてAC教員審査を受けさせる努力をした形跡は認められない(むしろ、被告は、ビジネス学部及び情報学部の教員は過員であるとして、希望退職の募集や初、中等学校の教育職員、事務職員への配置転換の打診に終始している。)。」
「加えて、認定事実・・・のとおり、被告は、原告X6ら2名に対する本件雇止めに係る定年退職後再雇用期間満了通知書において、本件雇止めの理由として、被告の財政状況が逼迫していることを挙げているが、そうであれば、本件解雇及び本件雇止めに先立って、被告の職員の総人件費を削減するための賃金の切下げ等が検討されてしかるべきであるが、認定事実・・・のとおり、被告において、平成28年度賞与の削減に向けた検討を除き、賃金の切下げ等の総人件費の削減はされておらず、削減に向けた努力がなされた形跡も窺えない。」
「以上によれば、被告は、ビジネス学部及び情報学部に在籍する学生がほとんどいなくなったことによる教員の過員状態を解消するため、希望退職の募集や事務職員、初、中等学校の教員への配置転換の希望を募るなどの解雇ないし雇止めを回避するための努力はしていたものということはできるものの、解雇回避努力が尽くされたものと評価することは困難である。」
3.大学教授の地位の特殊性
冒頭で述べたとおり、専門性が高くなればなるほど、配転による解雇回避可能性を検討しなければならない度合いは低くなるのが普通です。
大学教授は専門性の高い職種の一つです。しかし、裁判所は、大学以外の教育職員や事務職員への配置転換を検討するだけでは足りず、先ず他学部で働くことができるかを検討しなければならないといったように、配転を利用した解雇回避措置に厳格な理解を示しました。
その背景には、裁判所も指摘する
「・・・教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない。」
との規定(教育教育法9条2項)からも分かるとおり、法的に独特な地位が付与されていることが挙げられます。
少子化とともに、今後とも、大学の組織再編は続くと思われますが、大学教授は専門職の中でもかなり特殊な職業です。労働事件として処理するにあたっては、他の専門職とは異なる独特な考察が必要になります。そのため、事件化する場合には、慣れた弁護士に依頼をする必要があります。
問題を抱えた時、相談先に心当たりのない方は、当事務所への相談も、ご検討頂けると、嬉しく思います。