弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

条例が存在しない場合、条件付採用期間中の職員に対する分限事由はどのように理解されるべきか?

1.条件付採用

 公務員には「条件付採用」という仕組みがとられています。これは、一定期間、職務を良好な成績で遂行できたことを正式採用の条件とする仕組みであり、民間でいうところの試用期間に相当します。

 条件付採用は、国家公務員の場合、国家公務員法59条1項で、

一般職に属するすべての官職に対する職員の採用又は昇任は、すべて条件附のものとし、その職員が、その官職において六月を下らない期間を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに、正式のものとなるものとする。

と規定されています。

 また、地方公務員の場合には、地方公務員法22条で、

職員の採用は、全て条件付のものとし、当該職員がその職において六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。この場合において、人事委員会等は、人事委員会規則(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の規則)で定めるところにより、条件付採用の期間を一年に至るまで延長することができる。」

と規定されています。

2.分限の適用除外

 公務の能率性の観点から公務員に対して免職などの不利益な処分を科することを、分限といいます。

 職員の分限に関しては国家公務員法や地方公務員法に根拠規定が設けられていますが、これらの規定は条件付職員に対して適用がありません(国家公務員法81条1項2号、地方公務員法29条の2第1項)。

 条件付採用の職員を適格性欠如等を理由に分限するためには、そのための法的な根拠が必要になります。

 国家公務員の場合、人事院規則11-10(職員の身分保障)第10条が条件付採用期間中の職員に対する分限事由を規定しています。

 地方公務員の場合、条件付採用期間中の職員に対する分限については、条例で必要な事項を定めることができるとされています(地方公務員法29条の2第2項)。

3.地方条例を欠く場合、条件付作用期間中の職員の分限は可能なのか?

 それでは、条件付採用期間中の職員に対する分限について規定した「条例」が存在しない場合、条件付採用期間中の職員に対して分限を行うことは可能なのでしょうか? また、可能だとしても、条例が存在しない中、どのような基準に基づいて行われるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.3.30労働判例ジャーナル103-86 東京都・都教委事件です。

4.東京都・都教委事件

 本件は区立小学校の教諭に条件付採用された原告が、東京都教育委員会から受けた分限免職処分の取消を求めて出訴した事件です。

 東京都では条件付採用職員の分限事由を定めた条例が存在しなかったため、免職の適法性を判断するにあたり、どういった基準が採用されるのかが問題になりました。

 これについて、裁判所は、次のとおり述べて、条件付採用された国家公務員の分限に準じて人事院規則11-10第10条が参照されると判示しました。

(裁判所の判断)

「地方公務員法第22条第1項に基づく条件付採用制度の趣旨及び目的は、職員の採用に当たり行われる競争試験又は選考の方法がなお職務を遂行する能力を完全に実証するとはいい難いことに鑑み、試験等により一旦採用された職員の中に適格性を欠く者があるときは、その排除を容易にし、もって、職員の採用を能力の実証主義に基づいて行うとの成績主義の原則を貫徹しようとすることにあると解される。このように、条件付採用期間中の職員は、未だ正式採用に至る過程にあるものであり、当該職員の分限について正式採用の職員の分限に関する規定の適用がないこととされている(同法第29条の2第1項第1号)のも、このことを示すものである。」

「したがって、条件付採用期間中の職員に対する分限処分については、任命権者に相応の裁量権が認められるというべきである。もっとも、条件付採用期間中の職員も、既に試験等の過程を経て勤務し、現に給与の支給も受け、正式採用になることに対する期待を有するものであるから、この裁量権は、純然たる自由裁量ではなく、その処分が合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なものになるというべきである(最高裁判所昭和53年6月23日第三小法廷判決・判例タイムズ366号169頁、国家公務員の場合に関する最高裁判所昭和49年12月17日第三小法廷判決・裁判集民事113号629頁参照)。」

「この点に関して、被告においては、条件付採用期間中の職員の分限に関する条例が制定されていないところ(弁論の全趣旨)、このような場合、その分限免職処分は、同じく条件付採用期間中の国家公務員の分限について定めた人事院規則11-4(職員の身分保障)第10条に準じ、勤務成績の不良なこと、心身に故障があることその他の事実に基づいてその職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるときに限り、許されるものと解するのが相当である。

5.条件付採用期間中の職員への分限処分の可否自体も争点化できたのではないか?

 本件では、

「本件の争点は、本件処分が裁量権の行使を誤った違法なものであったかどうかであり、同争点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。(以下略)」

という争点整理がされています。

 判決が、分限処分の「可否」を厳密に議論することなく、判断基準の議論に入っているのは、「可否」の問題が明確に争点設定されていなかったからだと推測されます。

 しかし、法律が明確に「条例」で必要な事項を定めるとしている問題について、条例がないにもかかわらず不利益処分を科すことが、果たして本当に可能なのかは、もっと緻密に議論されても良い問題であるように思われます。

 東京都のような巨大な自治体でも条例が欠缺しているくらいなので、この問題についての条例が未整備な自治体は少なくないように思われます。類似の事件が発生した場合には、分限処分の「可否」の問題について、より踏み込んだ議論をして行くことが期待されます。