弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

固定残業代の有効性-36協定の欠缺だけでは勝てない?

1.固定残業代の有効性と36協定

 先月、36協定の欠缺が固定残業代の有効性を否定する事情として効いたと思われる裁判例(名古屋高判令2.2.27労働判例働判例1224-42サン・サービス事件)を紹介しました。

固定残業代の効力を争う場合の留意点-36協定(労働基準法36条1項所定の協定)の欠缺の主張のし忘れに注意 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、これと同時期に、東京地裁労働部で、36協定の欠缺が固定残業代の効力を否定する理由にならないとした判決が言い渡されました。東京地判令2.3.27労働判例ジャーナル103-90 公認会計士・税理士半沢事務所事件です。

2.公認会計士・税理士半沢事務所事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。原告(労働者)による残業代請求の可否・金額を判断するにあたり、被告が採用していた固定残業代(営業手当)の有効性が問題になりました。

 原告は、

「被告は、原告が勤務していた当時、36協定の締結・届出をしていなかったのであるから、本件契約において8時間を超えて働かせるという命令、契約自体が違法、無効である。」

などと主張し、固定残業代の有効性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、営業手当の固定残業代としての有効性を認めました。

(裁判所の判断)

原告は、被告が36協定の締結、届出を行っていないことを理由に、固定残業代の合意自体が無効である旨主張する。しかしながら、36協定が締結されておらず、時間外労働が違法であるとしても、使用者は割増賃金の支払義務を免れるものではないから、これにより固定残業代を支払う合意が無効となるとは解されない。この点に関する原告らの主張は理由がない。

「上記・・・の本件契約書の記載内容、本件契約締結に至る経緯及び本件契約締結後の状況を考慮すると、営業手当は、割増賃金の対価としての性質を有するものと認められ、また、上記・・・のとおり通常の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分との判別が可能であるから、営業手当は、固定残業代といえる。」

3.36協定の欠缺だけでは勝てないのか?

 個人的には、

・36協定の締結といった最も基本的な義務すら懈怠している使用者を、そこまで保護する必要があるのか、

・36協定の締結がないのに、なぜ、固定残業代が残業代の対価であるといえるのか、

などといったことから、上記の判断には疑問を覚えます。

 しかし、東京地裁労働部の判断は全国的な裁判例の潮流に与える影響も大きいため、36協定の欠缺が固定残業代の効力に影響を与えることを否定したかのような東京地裁の裁判例が存在することは、残業代請求事件を行う弁護士として、記憶に留めておく必要があるように思われます。