弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

復職の場面での有力な武器-診断書の趣旨を主治医に確認すべき注意義務/慣らし勤務を経させる義務

1.なおざりな復職要件の確認

 病気休職者の復職要件は、一般に、

「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した」

ことであるとされています(浦和地判昭40.12.16労働判例15-6 平仙レースの事件)。

 ただ、従前どおりのパフォーマンスを発揮できなければ常に復職不可/自然退職/解雇となるわけではありません。特に、職種限定のない労働者の場合、

「現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」

とされています(最一小判平10.4.9労働判例736-15片山組事件)。債務の本旨に従った履行の提供があるにもかかわらず、休職扱いを継続したり、自然退職としたり、解雇したりすることは、当然、認められません。

 大雑把に言って以上のようなルール設定がなされているため、特に職種が限られているわけでもない一般の従業員から復職の申出があったとき、使用者側は、

① 従前の職務を通常の程度に行うことができるか、

② それができない場合、配置転換の可能性があるのか、

を検討することになります。

 しかし、昨日お話ししたとおり、病気や怪我をした社員に対して冷ややかな会社は、決して少なくありません。そうした会社では、復職要件の審査も、なおざりになりがちです。むしろ、敢えて踏み込んだ調査をせず、結論を自然退職や解雇に誘導しようとしているとしか思えないこともあります。

 昨日ご紹介した札幌高判令2.4.15労働判例1226-5 東京キタイチ事件は、こうしたなおざりな調査によって復職を拒まれたり解雇されたりした労働者にとって、有力な武器を提供してくれる事例でもあります。

2.東京キタイチ事件

 本件は労働者が解雇無効を主張して勤務先会社に地位確認等を求めて出訴した事件です。

 本件で被告(被控訴人)になったのは、水産物卸売業等を目的とする株式会社です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で期限野定めのない雇用契約を締結していた方です。製造部に所属する生産加工員としてタラコのパック詰め作業等に従事していたところ、業務中に右小指をザル(ザルとはいっても、タラコを並べた状態だと1枚5~10kgにもなります)にぶつけ、手術を何回もするような怪我を負いました。

 その後、職場復帰を申し出ましたが、被告からは掃除部の補助として復職してはどうかとの提案を受けました。これを断ったところ、原告は解雇されてしまいました。

 被告が原職復帰を困難と判断したのは、症状固定時点で作成された原告の診断書(本件診断書)に、

「右小指の屈曲伸展困難」

「夜間痛、ぶつけると痛みあり、冷えると痛みが増悪する、爪切り困難、右手での労作困難、包丁が使えない」

「左手通も出現」

という状態であることが記載されるとともに、医師の意見として、

「骨ぜい弱性があり、労作は推奨できない」

との意見と、

「回復見込みが『なし(現状からの改善は見込めない)』」

などの意見が記載されていたからです。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、この診断書を鵜呑みにして解雇することは認められないと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件診断書は、控訴人が障害補償給付の支給を申請するにあたり、右小指に残存した後遺障害の程度を証明するために作成されたものであって、控訴人の復職の可否等を判断するために作成されたものではないところ、前記認定事実・・・のとおり、控訴人は、平成29年5月の時点で、被控訴人に対し、『仕事復帰の承諾は担当医から出ています。ただ、まだハレや痛みがあるので不安がありますが 出来れば仕事復帰をしたいと思っています。』と報告していることが認められる。そうすると、被控訴人としては、復職が可能であるとの主治医の判断を得ているとの申告を受けていたのであるから、本件診断書に基づいて控訴人が就労不能であるか否かを判断するというのであれば、本件診断書を作成したB医師に問い合わせをするなどして、本件診断書の趣旨を確認すべきであったといえるし、その確認が困難であったような事情も特にうかがわれない・・・。そして、そのような確認がされていれば、同医師からは、前記認定事実(10)のとおり、控訴人において、小指に無理をかけないよう注意を払えば、慣れた作業や労作は可能である、小指が仕事に慣れるまで間は仕事量を減らすなどの配慮が必要である、包丁を使う作業等も慣れれば不可能であるとはいえないなどの回答が得られたものと考えられる。

そうすると、製造部における作業が、冷たいタラコを日常的に取り扱うものであることや、頻回な手洗いが必要であることなど前記・・・で述べた製造部における作業内容に関する諸事情を考慮しても、しばらくの間業務軽減を行うなどすれば、控訴人が製造部へ復職することは可能であったと考えられるところであり、本件解雇の時点において、控訴人が、製造部における作業に耐えられなかったと認めることはできない。なお、本件解雇の時点において、控訴人が被控訴人との雇用契約の本旨に従った労務を提供することが可能であったとは認められないとしても、慣らし勤務を経ることにより債務の本旨に従った労務の提供を行うことが可能であったと考えられるし、本件事故が被控訴人の業務に起因して発生したことを前提として控訴人が労災給付を受給していたことも踏まえると、かかる慣らし勤務が必要であることを理由として、控訴人に解雇事由があると認めることは相当でない。

3.性急な判断には対抗できる

 本件の原告は平成29年12月25日付けで解雇されました。

 しかし、平成30年5月以降、本件では、次のような診断書が作成されていた事実が認められています(上記の「前記認定事実(10)」)。

「本件診断書を作成したB医師は、平成30年5月28日付けで、『2018年3月に骨癒合が得られている。傷病以前等の慣れた作業の労作は可能である。ただし15kg以上の極端な重さを連続して持つような作業や不慣れな作業による不安全行動の軽減が必要だが、就労は可能である。』などの記載のある診断(証明)書を作成している・・・。また、同医師は、同年9月13日付けで、『傷病以前等の慣れた作業の労作は可能である。患部(右小指PIP関節周辺)に負荷がかかるような労作は推奨しないが、患部以外を使った労作や就労は十分可能である。また、労災で障害等級13級がついても就労は可能な状態である。』などの記載のある診断(証明)書を作成している・・・。」

「さらに、同医師は、令和2年1月21日付けの『ご質問及びご回答書』で、控訴人代理人弁護士の質問に応答する形で、これらの診断(証明)書と本件診断書との内容の差異について、本件診断書の『「労作困難」は小指に限ったものであり、他指を使用した作業は可能である。』、『小指を使う仕事は推奨しないのであって、小指に無理をかけないよう注意を払えば就労は可能である。』、『小指が仕事に慣れるまで多少時間がかかるので、その間は仕事量を減らすなどの配慮が必要と思われる。』などと回答している・・・。」

 きちんと医師に確認していれば働けるという回答が返ってくるにもかかわらず、簡単な確認すら行わないまま、請求に原職復帰を不可能と結論付けた会社の判断を、裁判所はきっぱりと否定しました。また、慣らし勤務をすればきちんとした労務提供ができたにもかかわらず、慣らし勤務をしないと従前どおりのパフォーマンスが発揮できないことを理由にクビにするのもダメだと判示しました。

 自然退職や解雇を争うにあたっては、意見照会をしていれば復職可能という判断に至ったであろうこと、慣らし勤務をしていれば原職復帰が可能だったであろうことなどの事情が必要になってくるとは思います。

 しかし、そうであるとしても、なおざりな調査だけをして、労働者の復職を拒否する手法を否定した点は、画期的な判示事項だと思います。

 復職の可否は、労働者側が勝ちにくい紛争類型の一つですが、この裁判例は、労働者側の有力な武器になるものとして、今後の活用が期待されます。