弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

他の従業員からの苦情を、本人に伝える時に求められる配慮義務

1.従業員間の軋轢に対する上司の対応

 労働事件に関する相談を受けていての実感ですが、労働者と使用者との紛争の発端には、労働者間の軋轢が背景にあることも珍しくありません。

 例えば、単なる言い掛かりにすぎない同僚からの苦情を、碌に精査もせずに鵜呑みにした上司から厳しく叱責されたことが、叱責を受けた労働者に遺恨を与え、後々の紛争の火種になっていることがあります。

 同僚からの讒言を鵜呑みにした使用者・上司の不適切な対応について、何か法的に問題にする根拠がないかと思っていたところ、昨日もご紹介した高知地判令2.2.28労働判例1225-25池一菜事件に、目を引く判示がありました。

2.池一菜事件

 本件は自殺した労働者(P6)の遺族が、勤務先に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求した事件です。

 長時間労働のほか、代用取締役の娘(常務取締役)からハラスメントを受けたことが心理的負荷となって精神障害を発症し、自殺に至ったというのが原告の主張の骨子です。

 ハラスメントの一つとして、他の従業員から聞いたP6に対する苦情を碌に精査もしないまま文書にまとめ、これをP6に交付したという出来事がありました。

 この出来事について、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「ミスを他の従業員のせいにしたことや他の従業員から聞いたP6に対する苦情などを伝えた点については、企業秩序の維持や職場環境のために必要性が認められる余地はあるものの、前提となる事実関係の調査を尽くした上で、他の従業員らの苦情が事実に基づく相当なものか、相当であるとしてどのようにP6に伝えるのかなどを慎重に検討すべきであるのに、〇月6日の出来事から同月8日までのわずか2日間という短期間に文書にまとめ、P6に対しこれを交付するのみで特段の説明もしなかったという方法は、業務上の指導としては相当とはいえない。

3.他の従業員からの苦情の伝え方には一定の配慮が必要

 注意義務の措定という脈絡ではなく、業務上の指導としての相当性に関する判示ではありますが、裁判所は、同僚から苦情が出ていることを労働者に伝えるにあたっては、
① 前提となる事実関係の調査を尽くした上で、他の従業員らの苦情が事実に基づく相当なものか、
② 相当であるとしてどのようにP6に伝えるのか、
を慎重に検討すべきであると述べました。

 苦情に事実的な基盤があるのかどうか調査を尽くさなければならないとしている点と、事実的な基盤がある場合でも伝え方を慎重に検討しなければならないとしている点は、かなり高い水準の義務を使用者に課しているようにも読めます。

 問題があるから相談に持ち込まれるという職業的なバイアスがかかっているであろうことは否定できませんが、私が観測する限り、同僚の勤務態度に関する労働者からの苦情に対し、本件の判決が指摘するような対応(調査を尽くすこと・言い方を慎重に検討すること)がきちんと採れていない上司・使用者は、決して少なくないように思います。

 讒言を鵜呑みにした上司から辛く当たられたからといって直ちに採算性のある事件にすることができるわけではありませんが、こうした問題に対しても、一定の法律論を構築できないわけではないことは、一般に周知されておいても良いのではないかと思います。