弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

上司と一緒の出張は心身への負荷がかかるから移動時間も労働時間

1.通勤時間・出張中の移動時間の労働時間性

 一般論として、通勤時間に労働時間性は認められません。労働力を使用者の下へ持参するための債務履行の準備行為に位置づけられるため業務性を欠くというのと、その内容においても通常は自由利用が保障されているというのが理由です(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕106頁参照)。

 出張前後の移動時間も、これと同様の理由から、基本的には労働時間性を有しないと理解されています(同文献107頁参照)。

 こうした議論状況のもと、近時公刊された判例集に、出張時間に労働時間性を認めた裁判例が掲載されていました。このブログでも前に二度言及したことのある、高知地判令2.2.28労働判例1225-25池一菜事件です。

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2.池一菜事件

 本件は自殺した労働者(P6)の遺族が、勤務先に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求した事件です。

 長時間労働による心理的負荷がかかっている中で、代表取締役の娘(常務取締役)からハラスメントを受けたことが原因で精神障害を発症し、自殺に至ったというのが、原告の主張の骨子です。

 心理的負荷の強弱を判断するため、原告の時間外労働時間数が議論の対象となり、その流れで、出張のための移動時間の労働時間性が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、上司とともに移動する態様での出張では、心身への負荷がかかるから移動時間も労働時間に該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

「タイムカードには出退勤の時刻が打刻されていないが、P6の業務には、年1回ほど、1泊2日での大阪の光洋スーパーへの出張販売が含まれていたこと・・・、タイムカードの平成21年11月7日の欄に『午後~大阪』の記載と同月8日の欄にかかる記載の下に『〃』の記載があること・・・や、業務日誌の記載内容・・・からすれば、P6が被告P4に帯同して、大阪にある光洋山田店において被告会社で生産しているトマトジュース等の店頭販売を行うために、同月7日から同月8日まで大阪に出張したことが認められる・・・。また、業務日誌には、平成21年11月7日の箇所に、『午前中 休み 午後 大阪へ 社長と グッド出張』という記載があり、同月8日の箇所には、『AM10:00 ホテル出 グッド社長迎え』、『キッサでコーヒーを飲み時間をつぶす』や『昼食後 1時間程で3時に店を出て空港へ.』という記載があるため・・・、同月7日は午後から被告P4とともに大阪への移動を開始したこと、同月8日は午前10時頃に宿泊先のホテルを出発したこと、同日の店頭販売でも休憩時間を取れていたこと、予定していた店頭販売を終えて同日午後3時頃に帰路に着いたことなどが認められる。」

労働者の出張は使用者の業務命令に従って行うものであり、業務従事時間は使用者の指揮命令権に服する状態にあるから、労働時間に算入すべきである。そして、少なくとも部下が上司とともに移動する形態での出張については、移動中も部下は心理的、物理的に一定の緊張を強いられることが通常であって、心身への負荷がかかるから、移動時間も労働時間として算入するのが相当である。

「そうすると、本件大阪出張のうち、同月7日については、午後の所定就業時間である午後1時から午後5時までを、同月8日については、午前10時から午後の所定終業時刻である午後5時までを、それぞれ労働時間に算入するのが相当である。なお、休憩時間については、P6が被告会社の就業規則に定められた時間を超過したり不足したりした事情は窺われないことから、同月7日については15分を、同月8日については1時間15分を、それぞれ休憩時間として、上記労働時間から控除すべきである。」

3.残業代請求訴訟への応用の可能性

 労災民訴の場面での労働時間性と、残業代請求の場面での労働時間性とは、必ずしも同一の概念ではありません。

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 しかし、池一菜事件の裁判所は、

「労基法上の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、かかる意味での労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である(最高裁判所平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁)。」

と割増賃金の支払請求の可否が問題となった事件で示された労働時間の定義を引用したうえ、

「そして、業務の過重性を判断する上でも、このような実労働時間を前提に判断するのが基本的には相当であるといえるから、これを前提に、P6の被告会社における始業時刻、終業時刻及び休憩時間を認定し、時間外労働時間を算定することとするが、あくまで業務の過重性を判断するという点に留意して、該当性を評価し、認定を行うものである。」

と判示しています。

 「あくまで~」以下が、労働時間概念の相対性を承認した部分という見方も可能だとは思います。しかし、基本的には、労働時間の概念は残業代請求の場面での労働時間の概念と同一に理解すると述べています。

 残業代請求の場面では、通勤時間・出張前後の移動時間は労働時間に該当しないとの見解が通説的ではありますが、今後、上司と一緒の出張に関しては、例外的に労働時間性が認められる場面が出てくるかも知れません。

 海外への出張が多い業態などにおいては、出張中の移動時間が労働時間に含まれるか否かによって、残業代が大きく違ってくることも少なくありません。気になる方は、ぜひ、一度ご相談ください。