弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミック・ハラスメント-指導担当教員の変更、学位論文審査委員からの除斥の権利性

1.大学院生はどこまで何を要求できるのか?

 アカデミック・ハラスメントの被害を受けたとき、学生は何をどこまで要求することができるのでしょうか?

 昨日述べたとおり、アカデミック・ハラスメントを直接規制する法規範はありません。アカデミック・ハラスメントを受けたとしても、そのこと自体に特定の法律効果を付与した条文があるわけではなく、当然に大学当局に積極的な作為を求めることができるわけではありません。

 また、在学関係や在学契約に基づいて何等かの作為を求めるにしても、在学関係や在学契約を規律する文書には大学当局がとるべき作為が具体的に書かれていない場合も多く、被害を受けたときに学生がどのような権利を持っているのかは、分かりにくい様相が呈されています。

 アカデミック・ハラスメントに関する学生・大学院生からの相談は、多数というほどでもありませんが、一定頻度で寄せられています。その中で比較的よくある問題に、

① 指導担当教員を変更してもらうことができないか、

② 学位論文の審査委員から除斥してもらうことができないか、

というものがあります。

 昨日言及したアカデミック・ハラスメントに関する論文(野田進『アカデミック・ハラスメントの法理・序説』季刊労働法No.269-130)を読んでいて、この問題を考えるうえで参考になる裁判例を目にしました。岐阜地判平21.12.16 LLI/DB判例秘書登載です。

2.岐阜地判平21.12.16 LLI/DB判例秘書登載

 本件で原告になったのは、岐阜大学の修士課程に在学していた大学院生の方です。

 原告は、

研究指導教員被告Aからハラスメントを受けたことを理由に研究指導教員の変更を申し入れたのにこれを無視されたことや、

公平適正な審査がされない可能性があるにもかかわらず被告Aを原告の修士論文審査委員にしたこと

などが、被告大学の債務不履行等に該当するとして、被告大学法人や被告Aに対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告に一部債務の不履行があったことを認めました。

(裁判所の判断)

-指導担当教員の変更について-

 「被告大学法人は、本件申入れの後も原告の研究指導教員を変更せず、原告は平成18年1月12日に、研究指導教員が変更になっていなかったことを知った・・・。」

「前提事実及び上記認定事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告大学法人は原告に対し、在学契約に基づき、被告大学法人が定めた指導担当教員資格を有する教員を研究指導教員とする義務があったこと、それにもかかわらず、被告大学法人は、研究指導員としての資格のない被告Aを原告の研究指導員に選任して指導にあてたことが認められる。」

「そうとすると、被告大学法人には、原告の研究指導教員の選任やその変更につき在学契約上の債務不履行があったというべきである。もっとも、この点について、被告大学法人の担当者の不法行為の有無は別論として、被告大学法人自体の不法行為があったとは認められない。」

-学位論文審査委員からの除斥について-

「前提事実、前記・・・の認定事実によれば、被告大学法人は原告に対し、在学契約に基づき、公平適正な修士論文審査を行う義務を有していたこと、被告Aの言動により原告と被告Aの指導関係が崩壊していたため、被告Aを原告の修士論文審査委員主査に選出することは公平適正とはいえなかったこと、研究科委員会は、原告からの本件申入れなど、被告Aの言動により原告と被告Aの指導関係が崩壊していることを窺わせる事情があったにもかかわらず、漫然と被告Aを原告の修士論文審査委員主査に選出したことが認められる。

「そうとすると、被告大学法人には、原告の修士論文審査につき、在学契約上の債務不履行があったというべきである。もっとも、この点について、被告大学法人の担当者の不法行為の有無は別論として、被告大学法人自体の不法行為があったとは認められない。」

3.かなり特異な事実認定を前提とする損害賠償請求事件ではあるが・・・

 本件は研究指導教員被告Aの言動について、

「被告Aは、原告に対し、『バカ野郎』『頭おかしくないか。』などど発言し、後期を休学するよう求めた。原告がこれに応じず、退学するかのような発言をすると、被告Aは、原告に対し、『人間のクズ』又は『社会のクズ』と言った。また、被告Aは、原告に対し、貸していた本を返すように言い、返さないと窃盗罪で通報すると言った。」

などといった事実が認定されています。このような事実認定を踏まえると、本件は、指導関係の崩壊が外形的な事実からも明らか事案であり、指導担当教員の変更についての権利性を認め易かったことは確かだと思います。

 また、損害賠償の根拠になる義務は、必ずしも、具体的な作為として要求できる義務と一致するわけではありません。

 それにしても、指導担当教員を変更しなかったことや、修士論文審査から除斥しなかったことを、大学側の債務不履行だと認定した点は画期的な判断だと思われます。

 指導担当教員の変更や、学位論文審査からの除斥は、アカデミック・ハラスメントの被害を受けた学生側の要求として、決して根拠のないものではありません。

 指導担当教員からあまりに酷い扱いを受けている場合、代理人弁護士を通じて、指導担当教員の変更を申し出たり、学位論文審査委員からの除斥を求めたりすることを、検討してみても良いのではないかと思います。