弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミック・ハラスメント-調査要請の放置はどの程度で違法になるのか?

1.アカデミック・ハラスメント

 大学等の養育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミック・ハラスメントといいます。

 アカデミック・ハラスメントには、労働問題以外の要素も多分に含まれています。しかし、労働関係ハラスメントの考え方が類推・応用できることから、労働法分野でも活発に議論されています。近時公刊された専門誌にも、アカデミック・ハラスメントに関する論文が掲載されています(野田進『アカデミック・ハラスメントの法理・序説』季刊労働法No.269-130参照)。

2.ハラスメント対策の実効性

 アカデミック・ハラスメントを直接規制する法規範はありません。しかし、認証評価機関による評価基準に取り入れられることにより(公益財団法人大学基準協会「大学基準」大学基準の解説 7学生支援「学生の生活支援として、心身の健康、保健衛生等に係る指導、相談等を適切に行うためにカウンセリング等の体制の整備に加え、学生の生活環境に配慮した支援が必要である。また、学生が快適で安全な学生生活を送れるように、学生の人権を保障し、ハラスメントの防止に十分に配慮しなければならない。」参照)、各大学で規程や学則が整備が進められてきました(その経緯は前掲論文参照)。

 結果、今日ではアカデミック・ハラスメントに対応するためのルールを持たない大学の方が稀ではないかと思います。しかし、法律相談業務を行っていると、必ずしもアカデミック・ハラスメントに関する諸規程・学則が有効に機能していないのではないかと思われる例も散見されます。そうした事例の典型が、被害者からの訴えが放置されるという類型です。調査を求めたけれども放置されたという相談事例には、何件か触れたことがあります。

 調査体制を組み、調査を実施するためには、一定の時間がかかることは否定できません。しかし、数年程度しか在学しない大学生・大学院生が被害者になるケースを想定すると、調査に着手するまでに数か月を要したのでは、対策としての実効性に疑問符が付けられることになります。

 それでは、学生側からの調査要請の放置は、どの程度までなら許容されるのでしょうか。この問題を考えるにあたり参考になる裁判例として、大阪地判平30.4.25LLI/DB判例秘書登載があります。

3.大阪地判平30.4.25LLI/DB判例秘書登載

 本件で原告になったのは、大学院に在籍している学生です。アカデミック・ハラスメントを受けたとして指導教員(Y2)に損害賠償を請求したほか、ハラスメント相談を放置したとして大学(被告大学ないしY1)にも損害賠償(慰謝料)を請求した事件です。

 この大学では、ハラスメントへの対処方法として、緊急措置・調停・調査の三種類が定められていて、

「相談員は、ハラスメントに関する相談を申し出た者(以下「相談者」という。)及びハラスメント被害を受けたと申し出た者(以下「被害を申し出た者」という。)に対し、本学の多様な対処方法(緊急措置、調停及び調査)について具体的に説明する。」

とのハラスメントの防止に関する規程が定められていました。

 ハラスメント相談の調査要請を放置した件について、裁判所は次のとおり述べて、被告大学のハラスメント相談室が適切な対応をとっていなかったと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、同年6月4日、H相談員に対するメールに、『また今後におきまして重要な部分となりますが、ハラスメントを行った教授の責任問題はどのように進展しますでしょうか。』と記載していることが認められ、この時点で、原告が、被告大学ハラスメント相談窓口に対し,原告が被告Y2から受けたと主張するアカデミック・ハラスメントに対する調査を求めたものであると認められる。」

(中略)

「被告大学において、ハラスメント相談員に緊急措置が要請された場合は、本件委員会委員長を経て、当事者双方の所属長が対応するが、調査が要請された場合は、本件委員会、学長を経て、調査委員会で調査がされることになると認められる。以上のような調査要請後の一連の手続からすると、H相談員は、原告からの調査要請を看過し、従前の緊急措置要請としての取扱いを継続したものというほかない。」

「また、別紙一覧表によれば、その後、原告は、同年8月2日にH相談員に対し、『要望は、これらの連続した行為のハラスメント認定と、教員の謝罪、また大学へはこの件で迷惑をかけた□□町関係者への説明と謝罪、教員への処分とその内容の公表です。』とのメールを送信し、これを受け、H相談員は、同月4日、『すぐに調査の要望書を作成し、防止委員長に報告しました。』とのメールを送信し、その翌日には、本件委員会委員長であるI副学長との面談の日程調整がされていることが認められ、これら一連の経過に鑑みると、被告大学のハラスメント相談室は、約2か月間、原告の調査要請に対して適切な対応を取らなかったといわざるを得ない。

「以上の点を踏まえ、被告大学ハラスメント防止ガイドラインに、『ハラスメントが発生した場合には、不当に人格を侵害された個人の権利を回復し、失われた信頼関係を取り戻すために必要なあらゆる措置を講じ、できる限りの救済を行うことは、本学としての責務である。』と規定されていること・・・をも併せ鑑みれば、被告大学のハラスメント相談室が約2か月間原告の調査要請に対する適切な対応を取らなかったことは、原告に対する債務不履行を構成すると解するのが相当である。

4.すぐ対応可能なのに2か月放置はダメ

 裁判所は2か月間の放置を違法(債務不履行を構成する)だと認定しました。

 具体的な行動を開始するまでの期間として、どの程度間隔が空いていたら不作為の責めを問われるのかに関しては、各大学のハラスメント防止規程の文言やマンパワーの充実度などの諸般の個別的事情によってある程度左右されるとは思います。しかし、学生の求めを読み違えたうえでの2か月間の放置が違法とされた一事例があることは、不作為が違法となる期間の目安として記憶に留めて置いても良いのではないかと思います。

 大学当局がきちんと対応してくれず、数か月に渡り放置されている-そうしたお悩みの方は、弁護士の介入を選択肢の一つとして検討してみても良いかも知れません。