弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不動産の存在を認識していても、相続放棄は間に合う可能性がある

1.相続放棄と不動産の認識

 民法915条1項は、

「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」

と規定しています。

 いわゆる相続放棄の熟慮期間です。この条文があるため、相続を放棄したい相続人は、基本、被相続人が亡くなったことを知った日から3か月内に放棄の手続をとらなければなりません。

 しかし、被相続人が借金まみれであることを知った場合、被相続人の死亡から3か月以上が経過していていも、借金まみれであることを知った時から3か月以内に放棄の手続をとりさえすれば、裁判所は相続放棄の申述を受理してくれることがあります。

 これは、最二小判昭59.4.27最高裁判所民事判例集38-6-698が、

「熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。

と判示しているからです。

2.借金を知ってから3か月以内なら放棄は可能?

 時折、上述のルールを称して、

「熟慮期間を経過していていも、借金を知って3か月以内なら放棄できる。」

と断定的な物言いをする方を目にすることがあります。

 しかし、こういう断定の仕方は正確ではありません。

 実務的によく問題になるのが、不動産の認識がある場合です。

 被相続人が田畑・山林・住宅などの不動産を持っていたことを認識していた場合、借金を知った時から3か月以内に相続放棄を申述しても受理されないことがあります。

 例えば、仙台高決平4.6.8判例タイムズ844-22は、

「最高裁判所判決(民集三八巻六号六九八頁)の判示のとおり、原則として、相続人が、相続開始の原因となった事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から起算すべきであるが、例外的に、相続人が上記事実を知った場合であっても、上記事実を知った時から三箇月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、相続財産(積極及び消極財産)が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由があるときには、熟慮期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算すべきものと解するのが相当であり、相続人が相続開始の事実と自己が相続人となった事実を知った時既に積極であれ消極であれ相続財産の一部の存在でも認識し又は通常であれば認識しうベかりし場合は、熟慮期間の起算点を繰り下げる余地は生じないのである。

と判示し、相続開始以前から相続財産として不動産があることを知っていたことを根拠に、被相続人の死亡から3か月以上が経過した段階での相続放棄の申述を却下した原審家裁の判断を維持しています。

 もちろん、被相続人が不動産を持っていた認識があれば、直ちに相続放棄は却下されるというものでもありません。

 しかし、不動産を持っていた認識がある場合、普通相続放棄の申述をしても、裁判所から、

「積極財産の一部の存在を知っていながら、熟慮期間の起算点が繰り下げられると考える理由を明らかにせよ。」

といった求釈明が飛んでくることがあります。このとき、それなりに重厚な論理を構築できないと、相続放棄の申述が却下されることがあるため、被相続人の死亡から3か月経過後に債務の存在が判明したとして、相続放棄の申述を希望する方から手続の代理を依頼される場合、不動産の認識がなかったのかは、割と神経質に聞き取ることになります。

 そうした状況のもと、不動産の存在を認識してから3か月以上経っている状況下で、相続放棄の申述を受理した裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。

 東京高決令1.11.25判例時報2450・2451-5です。

2.東京高決令1.11.25判例時報2450・2451-5

 本件の被相続人は平成29年に死亡しています。その後、平成31年2月下旬ころ、D市長作成の「亡C様に係る固定資産税の相続人代表者について」という文書を受け取りました。

 この文書には、

「D市に固定資産を所有する亡Hの妻である被相続人が死亡したので,その相続人の中から固定資産税に関する書類の受取についての代表者を決めてもらう必要があるとの趣旨が記載されていた」

と認定されています。

 そして、この文書を受け取ってから更に3か月以上経過した時点で、相続人2名が相続放棄の申述をしたという経過がたどられています(抗告人Bについて令和元年6月19日に申述、抗告人Aについて令和元年7月16日申述)。

 原審前橋家裁太田支部は相続放棄の申述を却下しましたが、東京高裁は、次のとおり述べて、相続放棄の申述を受理しました。

(裁判所の判断)

「抗告人らは、本件文書を受領した平成31年2月下旬ころ、被相続人の死亡の事実及びこれにより自分たちが法律上相続人となった事実を知ったこと、本件各申述がされたのは、それから3か月以上が経過した後であったことが認められる。」

「しかし、抗告人らが、本件文書を受領してから3か月以内に相続放棄の申述を行わなかったのは、前記認定のとおり、Eが代表者として申述を行うことによって、相続放棄の手続が完了したと信じていたためであり、そのことは、抗告人Bが相続放棄申述書を代筆した事実や、3人分の収入印紙が添付されていた事実によっても裏付けられている。そして、抗告人らがそのように信じたことについては、軽率な面があったことは否めないものの、抗告人らが高齢であることや法律の専門家でもなかったこと等からすると、強い非難に値するとまでいうことはできないし、抗告人らも相続を放棄するとの認識の下、実際にEの相続放棄の手続が行われた以上、相続財産があることを知りながら漫然と放置していたといった事案と同視することはできない。」

「また、抗告人らと被相続人とが生前、全く疎遠な間柄であった上、本件文書には、被相続人の資産や負債に関する具体的な情報は何ら記載されていなかったのであるから、本件文書を突然受領したからといって、被相続人を相続すべきか否かを適切に判断することは期待し得ず、高齢の抗告人らにおいて、その後、相続財産についての調査を迅速かつ的確に実施することができなかったというのも無理からぬところがある。そして、その後、市役所の職員からの説明により、相続放棄の手続は各人が個別に行う必要があることのほか、滞納している固定資産税等の具体的な税額を認識するに至り、自ら相続放棄の申述を行うに至っているところ、このような経緯に照らしても、抗告人らの対応に格別不当とすべき点があるとはいえない(なお、抗告人Aは、これらの事実を知った後、相続放棄の申述を行うまでに1か月弱を要しているが、これも、先に相続放棄の申述を行った抗告人Bが、家庭裁判所の職員から取下げの検討を求められていることを知って申述を躊躇するなどした結果である)。」

「以上のとおり、抗告人らの本件各申述の時期が遅れたのは、自分たちの相続放棄の手続が既に完了したとの誤解や、被相続人の財産についての情報不足に起因しており、抗告人らの年齢や被相続人との従前の関係からして、やむを得ない面があったというべきであるから、このような特別の事情が認められる本件においては、民法915条1項所定の熟慮期間は、相続放棄は各自が手続を行う必要があることや滞納している固定資産税等の具体的な額についての説明を抗告人らが市役所の職員から受けた令和元年6月上旬頃から進行を開始するものと解するのが相当である。そして、前記認定のとおり、抗告人Bは同月19日に、抗告人Aは同年7月16日にそれぞれ相続放棄の申述をしたものであるから、本件各申述はいずれも適法なものとしてこれを受理すべきである。

「なお、付言するに、相続放棄の申述は、これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方、これを却下した場合は、民法938条の要件を欠き、相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合を除き、相続放棄の申述を受理するのが相当であって、このような観点からしても、上記結論は妥当性を有するものと考えられる。」

3.不動産の存在を認識していた場合は要注意

 相続放棄は比較的簡単な手続であり、熟慮期間内であれば、一般の方でも普通に行うことができます。相続財産が全くないと思い込んでいたところ、突然債権者から債務の支払を求められた場合も、自力で申述することは、できなくはないと思います。

 しかし、不動産の存在を認識していた場合は話が違ってきます。

 かなり詳細な論述をしないと相続放棄の申述が却下される可能性があるため、この場合だけは、多少の手数料がかかっても、きちんと弁護士に申述の代理を依頼した方が良いと思います。