弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

従業員の「厳格な地域制限」の不遵守は解雇理由になるのか?

1.「厳格な地域制限」

 「厳格な地域制限」という言葉があります。

 日常生活の中では、あまり耳にしない言葉だと思いますが、これは、

「事業者が流通業者に対して、一定の地域を割り当て、地域外での販売を制限すること」

をいいます(平成3年7月11日 公正取引委員会事務局 流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針 最終改正:平成29年6月16日)。

https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/ryutsutorihiki.html

 この「厳格な地域制限」は、

「市場における有力な事業者が流通業者に対し厳格な地域制限を行い、これによって価格維持効果が生じる場合には、不公正な取引方法に該当し、違法となる」

と理解されています(一般指定12項 拘束条件付取引 上記指針参照)。

 違法となるためには、主体が「市場における有力な事業者」であるほか「価格維持効果が生じる場合」であることが必要になりますが、違法といえる域に達していなかったとしても、法は競争政策的に「厳格な地域制限」を好ましい行為であるとは位置付けていません。

 それでは、流通業者内に「厳格な地域制限」を破って営業をかけた従業員がいたとして、そのことを理由に流通業者が該当の従業員を解雇することは許されるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、厳格な地域制限を破って営業をかけたことが解雇理由の一つとして位置付けられた裁判例が掲載されていました。東京地判令元.12.20労働判例ジャーナル100-56 解雇無効地位確認等請求事件です。

2.東京地判令元.12.20

 本件で被告になったのは、産経新聞の販売店の経営者です。

 原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、新聞の配達、集金及び営業を行っていた方です。他の従業員に対する脅迫、新聞料金の領得、被告に対する誹謗中傷などを理由に普通解雇されたため、解雇の無効を主張して、被告を相手取って地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。

 本件の解雇理由は多岐に渡りますが、その中の一つに、

「他の販売店が担当している区域で無断で営業を行う」

ことが掲げられていました。

 要するに、

① 販売店は新聞社から「厳格な地域制限」をかけられている、

② そうした制限をかけられている販売店の従業員でありながら、他の販売店の担当区域で営業活動を行って顧客を奪う行為に出たのは、企業(販売店)の秩序維持の観点から問題である、

という理屈です。

 独占禁止法上「厳格な地域制限」は必ずしも肯定的に評価されているわけではありません。また、顧客の獲得は企業にとって本来歓迎すべきことであるはずです。それなのに解雇理由として評価できるのかと思われますが、裁判所は、次のとおり判示して、これが解雇理由の一つになることを認めました。

(裁判所の判断)

「C及び被告は、いずれも各販売店が担当する区域が決まっているところ、原告が他の販売店が担当する区域で営業を行った旨供述し・・・、原告も同区域で営業を行ってしまったかもしれないとその可能性を否定していなかったところ・・・、原告が同区域で営業を行ったと認めるのが相当である。」

「この点について、原告は、原告本人尋問の際には、他の販売店が担当する区域で営業を行ったことはないと供述するが・・・、供述するところに一貫性がなく採用できない。」

「また、原告は、そのような営業を行っていたとしても、他の販売店が担当する区域であることを知らなかったと主張するので更に検討する。」

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件販売店内には、本件販売店が担当する区域が明記された地図が掲示されており、原告もその存在は認識していたと認められるところ、それにもかかわらず本件販売店が担当する区域の内外を原告が認識していないというのはいかにも不自然であり、原告の上記主張は採用できない。」

「そうすると、原告が、他の販売店が担当する区域であることを知りながら、同区域内で営業を行ったと認められる。」

「そして、他の販売店が担当する区域で営業を行うことは、販売店同士の関係を悪化させ得る行為であり、ひいては本件販売店の業務の遂行にも影響を及ぼし得るものであるといえる。

(中略)

「これらの事情を勘案すると、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるから、被告がその権利を濫用したものであるということはできず、有効である。」

3.原告が「厳格な地域制限」の問題を争点化しなかったからであろうが・・・

 新聞業に対しては公正取引委員会が特殊指定(新聞業における特定の不公正な取引方法(平成十一年七月二十一日公正取引委員会告示第九号))を行っています。

https://www.jftc.go.jp/dk/seido/tokusyushitei/shinbun.html

 しかし、これは特殊指定に該当する行為しか規制しないという意味ではなく、特殊指定で規定されていない行為は、当然に一般指定の対象になります。

https://www.jftc.go.jp/dk/seido/tokusyushitei/qa.html#cmsQ10

 「厳格な地域制限」は新聞業の特殊指定には書かれていませんが、これは新聞業なら許されるという意味ではないだろうと思います。

 ただ、本件の原告の方は、本人訴訟で手続を行っており、「厳格な地域制限」破りの問題に関しては、

「他の販売店が担当する区域で無断で営業をしてしまったことはあるかもしれないが、他の販売店が担当する区域であることを知らなかった。」

と認否反論するに留まっていました。

 裁判所が「厳格な地域制限」との兼ね合いで他の販売店の担当区域での営業を解雇理由として構成できるのかについて、殆どノーチェックで被告の主張を認めた背景には、原告が争点化しなかったことがあるのではないかと思います。

 「厳格な地域制限」が違法である場合、その責めを問われるのは制限を課した新聞社であって販売店ではありません。

 販売店は地域制限によって、その地域での利益を享受できる反面、他の地域に営業をかけることを制限されるという微妙な立ち位置にいます。そうした販売店が出した「他の販売店が担当している区域で無断で営業を行うな」という指示が、どのような背景で出されたのか、法的にどのように評価されるのかは興味深い問題であったのですが、この点が消化不良なまま、あっさりと「厳格な地域制限」破りの営業活動も解雇理由になるとの判断がされてしまったのは、やや残念に思います。

 本件は他にも多くの実質的な解雇理由が認定されていて、この論点での判断が変わったからといって結論に直ちに影響が出るとは思いませんが、やはり訴訟できちんとした判断を得るためには、代理人弁護士を立てた方が良いのではないかと思います。