弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職までの出勤日を有給休暇で埋める法的根拠

1.退職妨害への対応方法

 退職したいと言い出すと、ハラスメントによる報復が予想される場合、退職予定日までの出勤日を有給休暇で埋めてしまうことがあります。

 有給休暇の時季指定が「事業の正常な運営を妨げる場合」、使用者には時季変更する権利が与えられています(労働基準法39条5項)。

 しかし、時季変更権の行使には、学説上、

「『他の時期にこれ(年休)を与える』可能性の存在が前提となる。そこで、労働者が退職時に未消化年休を一括時期指定する場合には、その可能性がないので時季変更権を行使しえないことになる」

との理解が示されています(菅野和夫『労働法』弘文堂、第12版、令元〕566参照)。

 また、行政解釈上も

「当該労働者の解雇日を超えての時季変更は行えない」

との解釈が示されています(昭49.1.11基収5554号)。

 退職妨害事案で、退職予定日までの勤務日を有給休暇で埋める場合、使用者が幾ら困るといっても時季変更権を行使できない(出勤しろと言えない)根拠は、上記の解釈に基づいています。

 ただ、これは有力な学説・行政通達に裏付けられた理解ではあるものの、私の知る限り、裁判例で明示的に採用されている理解ではありませんでした。

 そのため、この理解を採用した裁判例が現れないかと思っていたところ、近時の公刊物に今後の実務で利用できそうな裁判例が掲載されていました。東京地判令元.12.2労働経済判例速報2414-8 東京都(交通局)事件です。これは昨日ご紹介した裁判例と同じ事案です。

2.東京都(交通局)事件

 本件は年次有給休暇の取得に関係し、時季変更権を行使することの適否が争われた事件です。

 この事件の中で、裁判所は、時季変更権の行使の可否について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「使用者は、時季変更権を行使するにあたり、代替日を提案する必要性はないから、労働者が指定した時季において年次休暇を取得することを承認しないという意思表示であっても時季変更権を行使したということができる(最高裁判所昭和57年3月18日第一小法廷判決・民集36巻3号366頁参照)。そして、使用者による時季変更権の行使は、労働者が別の日に年次休暇を取得することができることを前提とするものであるから、労働者が指定した日以外の日に年次休暇を取得させることが不可能である場合には、使用者は時季変更権を行使することができないものと解すべきである。

3.時季変更権の行使が認められた事案ではあるが・・・

 東京都(交通局)事件では、結論として使用者による時季変更権の行使が認められています。また、裁判所は「労働者側の年次休暇取得の目的によって使用者が時季変更権を行使したか否かが左右されることにはならない」と労働者側の主観的事情が「労働者が指定した日以外の日に年次休暇を取得させること」の可能性に影響を与えることを否定しています。

 それでも、「労働者が指定した日以外の日に年次休暇を取得させることが不可能である場合には、使用者は時季変更権を行使することができない」との解釈を明示的に採用した点は、なお注目に値するように思われます。これまで(私の知る限り)学説と行政通達でしか採用されていなかった解釈が、司法判断によっても裏付けられたことになるからです。

 労働者側敗訴の事案ではありますが、東京都(交通局)事件は、退職妨害への対処にあたり引用できる裁判例としても、覚えておいてよい裁判例だと思います。