1.懲戒と「訓戒」
公務員の懲戒の種類は法定されています。
例えば、国家公務員法は、免職、停職、減給、戒告の四種類の懲戒処分を規定しています(国家公務員法82条1項)。
しかし、こうした法定の処分以外にも、「訓戒」「訓告」といった名称の独自の措置がとられることがあります。
2.「訓戒」「訓告」などの争い方
懲戒処分の効力は、行政事件訴訟法3条2項に規定されている「取消訴訟」という手続で争います。
しかし、取消訴訟の対象は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に限定されています。
そのため、法定の処分としての位置づけを有しない「訓戒」「訓告」といった措置は取消訴訟の対象にはなりません。
それでは、「訓戒」「訓告」といった措置に不服のある方が、どうやってその適法性を争うのかというと、国家賠償法という法律に基づいて、国家賠償請求という手続をとるのが一般です。違法な措置によって精神的苦痛等の損害を被ったとして、損害賠償を求める訴えを提起することになります。
しかし、措置の根拠法令・規則への違反と国家賠償法上の違法性要件との間には微妙なズレがありますし、措置の効力を帳消しにすることが第一義的な目的で、特に金銭は望まないというニーズもあります。
こうした場合に、純粋に措置の適法性のみを争うことはできないでしょうか。
「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」という枠にあてはまらない紛争類型について、行政事件訴訟法4条は「当事者訴訟」という受け皿を設けています。
この「当事者訴訟」という紛争類型にの一つに「公法上の法律関係に関する確認の訴え」(公法上の確認訴訟)という手続があります。
「訓告」「訓戒」といった措置の効力を争うため、この「公法上の確認訴訟」という手続を活用することはできないでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判平30.8.30判例タイムズ1472-142です。
2.判例タイムズ1472-142
本件は「訓戒」処分を受けた自衛官が提起した取消訴訟です。
自衛隊法は免職、降任、停職、減給又は戒告の五種類の懲戒処分を定めています(自衛隊法46条1項)。
このほか自衛隊には「昭和31年6月12日 防衛庁訓令第33号 訓戒等に関する訓令」という内部規則があり、この訓令の第2条1項は、
「隊員の規律違反があつた場合に、当該違反が軽微であつて自衛隊法第46条に規定する懲戒処分を行うまでに至らないと認めるとき及び一般職に属する職員の規律違反があつた場合に、当該違反が軽微であつて国家公務員法第82条に規定する懲戒処分を行うまでに至らないと認めるとはは(原文ママ)、当該職員の懲戒権者及びその指示又は承認を受けた者(以下『懲戒権者等』という。)は、当該職員に対して、訓戒を行うことができる。」
と規定しています。
本件の争いの対象になったのは、この「訓戒」です。
原告はこの「訓戒」も処分だと主張して取消訴訟を提起しましたが、裁判所は次のとおり述べて取消訴訟の対象にはならないとして、請求を不適法却下しました。
(裁判所の判断-取消訴訟の対象性)
「本件訓令では、隊員の規律違反があった場合において、当該違反が軽微であって自衛隊法第46条の規定による懲戒処分を行うまでに至らないと認めるとき、又は一般職に属する職員の規律違反があった場合において、当該違反が軽微であって国家公務員法第82条に規定する懲戒処分を行うまでに至らないと認めるときに、本件訓令に定める懲戒権者等が当該隊員等に対して訓戒を行うことができると定めており(本件訓令の第2条第1項)、訓戒を行う場合には懲戒権者等が当該職員に訓戒書を交付して訓戒を申し渡し(本件訓令の第3条)、訓戒を行った場合には訓戒簿にその旨を記載することとされている(本件訓令の第4条)が、訓戒を受けた者がその申渡しを受けた日から起算して6月を経過した時までの間において他の訓戒を受けなかった場合には、当該訓戒を行った懲戒権者等が直ちに訓戒簿の記載を消除しなければならないとされている(本件訓令第5条第1項。なお、弁論の全趣旨によれば、本件訓令第4条に規定する訓戒簿は一件ごとに作成されており、本件訓令第5条第1項に規定する訓戒簿の記載の消除は、一件ごとに作成された訓戒簿そのものを破棄する方法により行われていることを認めることができる。)。」
「これらの本件訓令の定め等に照らすと、本件訓令第2条第1項の定めに基づく訓戒は、隊員らの比較的軽微な規律違反があった場合について、懲戒処分とは異なる性質のものとして、懲戒権者等が当該隊員らに対する指揮監督権に基づいて注意を喚起し、将来を戒めるために行う事実上の措置にとどまり、訓戒を受ける隊員らに対して不利益な法的効果をもたらすものとはいうことができない。」
(中略)
「本件訓戒が直接原告の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいうことができないから、本件訓戒は、処分には当たらないというべきである。
「・・・本件訴えは、不適法なものであり、却下を免れない」
ここまでならば、よくある不適法却下事案でしかありません。
ただ、本件の原告は、口頭弁論の終結後に弁論の再開を求めるとともに、「訴えの変更」という手続をとり、「本件訓戒を受けた地位にないことの確認を求める」という公法上の確認訴訟を付け加えました。
この確認訴訟ルートでの争い方の適否が問題になった点に本件の特徴があります。
裁判所は、公法上の確認訴訟の適否について、次のとおり判示し、これを否定しました。
(裁判所の判断-公法上の確認訴訟の対象性)
「上記・・・において説示したところによれば、当該確認は、過去の事実の確認にすぎないものというほかなく、判決によって当該確認をすることが原告の権利又は法的地位の危険や不安を除去するために必要かつ有効・適切なものであるということもできない。したがって、上記の確認を求める請求について確認の利益を有することを肯定することはできないから、終結した口頭弁論の再開を命ずることを要しない。」
3.公法上の確認訴訟ルートもダメ
公法上の確認訴訟は、取消訴訟の対象があまりにも限定されていることから、活用が期待されていた訴訟類型です。そのため、ひょっとしたらひょっとするかもしれないと思っていましたが、「確認の利益」という観点から、やはり不適法だと判示されました。
そうなると、「訓告」「訓戒」等の措置の適法性を争うためには、やはり国家賠償請求という古典的な手法によらざるを得ないのだと思われます。