弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

飲酒強要のパワハラへの該当性を立証することは労災の判断に影響するか?

1.パワハラと労災

 精神障害に業務起因性(労災)が認められるか否かの判断基準に、

「基発1226第1号 平成23年12月26日 改正 基発0529第1号 令和2年5月29日 心理的負荷による精神障害の認定基準について」

があります。

 ここには、

「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」

ことが心理的負荷として掲げられています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000638820.pdf

 つまり、精神障害を発症した場合、ある行為がパワーハラスメントに該当すると立証することは、労災認定を受けるうえで一定の意味を有することになります。

 それでは、精神障害ではなく、物理的な疾患の場合はどうでしょうか。パワーハラスメントが行われたことを立証することが、労災認定にあたり、何らかの影響を及ぼすことはないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令元.5.29労働判例1220-102 国・大阪中央労基署長(ダイヤモンド)事件です。

2.国・大阪中央労基署長(ダイヤモンド)事件

 本件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、急性アルコール中毒で死亡したホストクラブ従業員の遺族の方です。急性アルコール中毒には業務起因性が認められないとの判断に基づいて労働基準監督署長が行った労災給付の不支給処分に不服を唱え、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 この訴訟の中で、原告は業務起因性(業務と傷病等との間の相当因果関係)の判断基準について、

「ホストクラブ等の接客業の労働者が、業務の遂行中、上司や同僚による飲酒の強要によって急性アルコール中毒を発症して死亡した場合、かかる飲酒の強要は、職場におけるパワーハラスメントの側面を有することから、相当因果関係の有無は、職場におけるパワーハラスメントにつき優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること、業務の適正な範囲を超えて行われること、身体的若しくは精神的な苦痛を与えること又は職場環境を害することが要素されていることを踏まえ、①優越的な関係に基づいて飲酒が行われたか、②飲酒の強要が業務の適正な範囲を超えて行われたか、③過度の飲酒により急性アルコール中毒を発症して死亡したか、という要件に沿って判断されるべきである。

との主張を展開しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を否定しました。

(裁判所の判断)
「原告らは、ホストクラブ等の接客業の労働者が、業務の遂行中、上司や同僚による飲酒の強要によって急性アルコール中毒を発症して死亡した場合である本件においては、職場のパワーハラスメントの成立要件に沿って相当因果関係を判断すべき旨を主張するが、上記説示した点に照らせば、労働者の傷病等についての業務起因性の有無は、当該傷病等の原因行為に係るパワーハラスメントの成否とは、その制度趣旨も法的効果も異なることが明らかであり、両者の判断が必然的に結び付くものと解すべき理由はない。したがって、原告らの上記主張は採用できない。

3.あてはめとの関係では一定の意味があるかも知れない

 裁判所は、

「本件事故当日、本件クラブにおけるホストの接客業務に関連ないし付随してなされたF及びHによる飲酒の強要に対して、事実上飲酒を拒否できない立場にあった亡Aが、多量の飲酒に及び、急性アルコール中毒を発症し、死亡するに至ったと認められ、亡Aの死亡の原因となった急性アルコール中毒は、客観的にみて、本件クラブにおけるホストとしての業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したことによるものと評価することができる。したがって、亡Aの業務と急性アルコール中毒発症との間には相当因果関係(業務起因性)があると認めるのが相当である。」

と判示し、結論としては、業務起因性を認めましたが、パワーハラスメントの成否と業務起因性の有無を結びつける考え方は否定しました。

 ただ、業務起因性を認めた理由として、事実上飲酒を拒否できない立場にあったことは指摘しています。

 疾患等の原因行為のパワーハラスメントへの該当性は、業務起因性の判断枠組みそのものには影響を与えないものの、個体側が進んで危険な行為をしたわけではないという意味において、業務起因性を肯定する要素にはなり得るのだろうと思われます。