弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

離職票をもらえずに雇用保険を受給し損ねた場合、使用者に責任追及できるか?

1.雇用保険(基本手当)の仕組み

 失業したときに支給される雇用保険法上の基本手当は、受給期間内の失業している日について、所定給付日数分を限度として支給されるという建付けになっています(雇用保険法20条1項)。

 そのため、受給期間内に所定給付日数を使い切ることができなければ、所定給付日数が、まだ残っていたとしても、基本手当は支給されなくなります。つまり、失業した場合、早く基本手当の受給を開始しなければ、所定給付日数を使い切れないという意味において、損をすることになります。

2.離職票の位置づけ

 基本手当を受給するためには、離職票が必要です(雇用保険法施行規則19条)。

 離職した方の多くは、勤務先から離職票をもらい、これを添えて基本手当の受給を申請しているのではないかと思います。

 しかし、これは法の本則とは異なります。

 事業主は労働者が離職した場合、被保険者資格喪失届や離職証明書を公共職業安定所長に提出します(雇用保険法7条、同法施行規則7条参照)。

 法の建前としては、これを受けた公共職業安定所長が、離職した方に離職票を交付することになっています(雇用保険法施行規則17条1項)。

 ただ、この離職票の交付は、事業主を通じて行うこことが認められています(雇用保険法施行規則17条2号)。実務では、これが本則のような形で運用されているため、離職した方は勤務先から離職票の交付を受けているのです。

3.離職票をもらえないトラブル

 円満でない退職の仕方をした場合に、時々、離職票を渡してもらえないというトラブルが生じることがあります。

 受給資格の決定を受けるためには、公共職業安定所長に離職票を提出する必要があります。

 それでは、離職票をもらうことができずに、受給資格の決定が遅れ、受給期間との関係で所定給付日数を使い切ることができなかった労働者は、使用者に対して、受け取り損ねた基本手当に相当する額の損害賠償をすることができるのでしょうか?

 元々、離職票の交付主体が公共職業安定所とされている関係で、使用者に離職した方への離職票の交付義務を観念できるのかといったことや、使用者による離職票の不交付と給付の受け損ねとの間に因果関係を認めることができるのかといったことが問題になります。

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.12.11労働判例ジャーナル99-38 日鉄ケミカル&マテリアル事件です。

4.日鉄ケミカル&マテリアル事件

 本件は勤務先を定年退職した方が、勤務先から離職票の交付を受けられなかったため、受給期間中に所定給付日数を使い切ることができなかったとして、勤務先に対し、使い切れなかった所定給付日数に受給できたはずの基本手当の額に相当する損害賠償などを求める訴えを提起した事件です。

 原告側は労働契約上の付随義務として、勤務先には労働者の離職後速やかに公共職業安定所長に対し離職票の交付手続を取りこれを労働者に交付する義務があると主張しました。

 しかし、被告はこうした私法上の義務の存在を争うとともに、離職票がなくても受給資格の仮決定を受けることにより基本手当を受給することは可能であったのであるから離職票の不交付と所定給付日数を使い切れなかったこととの間に因果関係はないと主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「原告は、被告が遅くとも平成26年12月25日までに原告に対し離職票を交付していれば、原告は、所定給付日数である360日分の基本手当を受給することができたと主張する。」

「しかし、前記認定事実のとおり、原告は、被告による離職票の交付(平成27年4月21日)に先立つ平成27年4月3日に公共職業安定所に出頭し求職の申込みをし、同月10日から基本手当の受給を開始しており、被告から離職票が交付されなかったことが、基本手当受給に向けた手続に着手することの障害となったとの事情はうかがわれない。かえって、前記認定事実のとおり、原告は、平成27年4月に至るまで、本件労働契約が終了したことを争い、同契約が継続しているとの認識を有しており、被告に対して離職票の交付を求める等の行為を取ることも一切なかったのであるから、原告は、同月以前の段階において、基本手当の受給という本件労働契約の終了を前提とする手続に着手する意思に乏しかったというべきである。」

以上を総合すると、本件で、被告からの離職票交付が平成27年4月21日となったことと、原告が基本手当を同月10日まで受給しなかったこととの間には、因果関係が認められない。

5.勤務先からの離職票の不交付を理由とする損害賠償請求は筋が悪い

 雇用保険には、「受給資格の仮決定」という仕組みがあります(業務取扱要領50202(2)参照)。これは離職票の交付遅延などにより、求職の申し込みの際に離職票が提出できない場合に、仮の受給資格の決定を得る手続をいいます。

 仮決定だけでは基本手当を受給することはできませんが、受給資格の決定の日が仮決定の日に遡及するため、所定給付日数を使い切れずに損をする事態は防ぐことができます。また、労働者には離職証明書の交付請求権はあり(雇用保険法施行規則16条)、これと被保険者資格喪失確認請求(雇用保険法8条)とを組み合わせることにより、公共職業安定所長に対して直接離職票の交付を求めることができます(労働基準法施行規則17条1項3号参照)。そのため、勤務先が離職票を渡してくれなかったとしても、確かに純理論的には損害が出る事態は避けることができます。

 裁判所は因果関係がないことを理由に損害賠償を否定し、離職票の交付義務の存否は判断しませんでした。しかし、仮に、義務を措定できたとしても、因果関係がないことから損害賠償請求には一定の困難が予想されます。

 上述のとおり、離職票の交付に拘るのは、それほど得策ではありません。

 公共職業安定所を通じて勤務先に行政としての指導を依頼するなどの要求はして構いませんし、それは一定の効力を持つとも思います。しかし、上述のとおり離職票の不交付と損害賠償を結びつけるのは大変であるため、行政の言うことにすら耳を貸さないような極端な勤務先に対しては、勤務先を通じて離職票を得ることにはあまり拘らず、仮決定や確認請求といった手続を淡々と利用するという選択も、一定の合理性を持ってくるのではないかと思われます。