弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラー頭肩ポンポンもダメ、1回でもダメ。

1.セクシュアルハラスメント

 職場でのセクハラについては、厚生労働省から、 

「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成 18 年厚生労働省告示第 615 号)」

という文書が出されています。

 この文書では、

「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

「職場におけるセクシュアルハラスメント」

として定義されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 セクシュアルハラスメントには対価型と環境型があり、上記の告示では、

「事務所内において上司が労働者の腰、胸等度々触ったため、当該労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること。」

が環境型セクシュアルハラスメントの典型例とされています。

 それでは、腰や胸に触るのは問題なく不適切であるとして、頭や肩に触ることは法的にどのように理解されるのでしょうか。

 また、度々ではなく一回だったらどうでしょうか。

 この点に言及された裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されています。

 東京地判令元.11.27労働判例ジャーナル97-28 幻冬舎メディアコンサルティング事件です。

2.幻冬舎メディアコンサルティング事件

 この事件は自然退職の効力が争われた事件です。

 自然退職というのは、傷病から回復しないまま私傷病休職期間が満了して、そのまま退職に至ることを言います。

 原告の方は、適応障害やパニック障害に罹患して休職し、被告から休職扱いとされ、休職期間満了により自然退職とされました。これに対し、適応障害やパニック障害は、私傷病ではなく、業務上の疾病であるから自然退職の対象にならないと主張し、勤務先を被告として地位確認や賃金の支払を求める訴訟を提起したのが本件です。

 原告の方は、自分が適応障害やパニック障害に罹患した理由として、種々の出来事を主張しました。

 その中の一つに、セクシュアルハラスメントがあります。

 具体的に言うと、原告の方は、次のようなセクシュアルハラスメントを受けたと主張しました。

(原告の主張)

「平成27年の秋頃、髪型を変えた原告に対して、c副社長は、『いいじゃん』と述べながら原告の頭を撫でたことがあった。また、c副社長は、平成28年3月頃、四半期に一度の全体会議の後の納会において、原告が同人に対し『がんばります』と挨拶をした直後に、原告の頭を撫でたこともあった。さらに、同年5月頃、c副社長は、原告を地下の個室に呼び出し、アポイントが取れていない等として原告を叱責したのち、原告の頭を撫でた。c副社長が3回にわたって原告の頭を撫でたことは、いずれもセクシュアルハラスメントである。」

 これに対し、被告会社は、次のような主張をしました。

(被告の主張)

「c副社長は、原告との面談時に、営業成績が上がらず、アポイントが取れないことなどを理由に泣き出してしまった原告を激励するために、原告の肩または後頭部をやさしくポンポンとたたいたことが一度あるだけであり、セクシュアルハラスメントに当たる行為をしたことはなく、しかも、その時期は、本件疾病の発病からおおむね6か月間より以前のことである。」
「いずれにせよ、c副社長の原告に対する言動について、業務起因性が認められるような業務上の強い心理的負荷となる具体的出来事に当たるものは存在しない。」

 以上の当事者双方の主張を前提に、裁判所はセクシュアルハラスメントの存否等について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

c副社長が、平成27年秋頃から平成28年5月頃にかけて、原告の頭を撫でるなどの行為をしたとの原告の主張については、ユニオンからの申入れに対する被告の調査結果・・・に照らせば、少なくとも一度は存在したことが認められ、職場における不適切な行為として、セクシュアルハラスメントに当たり得るものの、その時期は、本件疾病の発病から1年以上前であり、かつ、原告本人尋問の結果・・・を含む本件の全証拠に照らしても、それが本件疾病の発病時期である平成29年5月頃まで継続していたと認められるような具体的な事情は見当たらないことからすると、これらの出来事が本件疾病の発病に有意な影響を与えたとは認められない。」

 裁判所は、その他の諸々の事情についても言及し、結論として、適応障害やパニック障害は業務上の疾病には該当しないとして、原告の請求を棄却する判決を言い渡しています。

3.頭肩ポンポンもダメ、(少なくとも)1回でもダメ

 異性への身体的接触に対する裁判所の姿勢は、かなり厳格であるという印象があります。行政解釈上のセクシュアルハラスメントの典型例は胸・腰とされていますが、頭や肩といった部位であれば許容されるというわけではありません。また、行政解釈上はセクシュアルハラスメントに該当するといえるためには、ある程度の継続性が必要になってきますが(冒頭の「度々」の文言参照)、本判決は「少なくとも1回」の接触でもセクシュアルハラスメントに当たり得るという判断をしています。

 本件はセクシュアルハラスメントに対する損害賠償をテーマとする裁判ではないため、セクシュアルハラスメントに該当し得る行為が認められたからといって、加害者と評されたc副社長に民事的な責任が生じるわけではありません。

 しかし、法令順守に厳しめの会社では、こうした判決が出たことを契機として、加害者に対して何等かのペナルティが科せられる可能性は否定できません。

 異性への身体的接触に伴う事件は後を絶ちませんし、紛争になったときには、かなり古い出来事まで掘り起こされる可能性があります。したがって、リスク管理上は、業務上の必要性が顕著である場合を除き、極力、同僚への身体的接触は避けておいた方が無難だと思われます。