弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇に納得しない場合、その場での反論が必要か?

1.時間が経つと事件化が困難になる

 一般論として、時間の経過は事件化を困難にします。

 その傾向は解雇事件にもあてはまり、弁護士向けの実務書にも、

「裁判例は、解雇から長期間経過した後は、信義則上、もはや無効の主張をしえなくなるとしているものが多い」

「実務上は、解雇から相当期間経過してから提訴する場合には、裁判所からなぜ長期間経って提訴したのか疑問を呈されたり、解雇の承認や就労意思の喪失とみなされたりする可能性がある」

などの記載が見られます(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕364頁参照)。

 そのため、違法な解雇が行われた時には、できるだけ速やかに使用者側の主張に反論し、解雇の効力を争う姿勢を明らかにするのが事件処理の原則ではあります。

 しかし、突然解雇を告げられて動転し、労働者が即座に反論できないことは、決して珍しいことではありません。

 こうした場合に、解雇に対して即座に反論しなかったことは、事実認定上、どのように評価されるのでしょうか。

 この問題が扱われた近時の裁判例に、東京地判令元.10.30労働判例ジャーナルNo.97-34 VERDAD事件があります。

2.VERDAD事件

 本件で被告になったのは、総合美容サロンの経営、歯のセルフクレンジングサロンの運営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の経営する歯科専門セルフホワイトニングサロンで勤務していた方です。

 平成29年4月1日以降、原告が被告で就労していないことは争いなく、同年3月31日に解雇されたのか合意退職が成立したのかが争点の一つとなりました。

 被告会社は、

「解雇に納得しないのであれば、労働者としては反論をして職場にとどまろうとするのが自然であるから、何も反論をしていない原告の言動はあまりにも不自然であ」(る)

などと、その場で解雇に対する反論が行われていないことを根拠に、合意退職の成立を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて被告会社の主張を排斥し、合意退職ではなく解雇の事実を認定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、〔1〕解雇に納得しないのであれば、労働者としては反論をして職場にとどまろうとするのが自然であるから、何も反論をしていない原告の言動はあまりにも不自然であり、・・・などと主張する。」

「しかしながら、上記〔1〕については、原告は、解雇と伝えられて頭が真っ白になったために何も反論をしなかった旨供述するところ、このような状況は不自然とはいえない

3.解雇であることが比較的明白な事案ではあったが・・・

 本件の裁判所は、問題の事案が解雇であると認定する根拠として、

「被告代表者は、平成29年3月31日、原告に対して解雇する旨を伝えたことが認められる。この点に関する原告の供述は、原告が同年3月31日の被告代表者との面談後に労働基準監督署等に相談し・・・、同年5月30日に東京労働局に対しあっせんの申請をしていること・・・や、被告が発行した退職証明書に退職の事由として『即時解雇」』いう記載があること・・・と整合的である」

ことを指摘しています。

 本件の被告は自ら作成した退職証明書の退職事由の欄に「即時解雇」と記載するなどの行動に及んでおり、前述のような経験則に依拠しなかったとしても、解雇に関する外形的事実の認定が大きく揺らぐことはなさそうな事案だったと思います。

 ただ、そうは言っても、

「その場で反論をしていない。」

といった大して意味のなさそうな事実を、あたかも労働者が解雇を承認していたかのように指摘し、主張を組み立ててくる使用者は一定数います。本裁判例は、そうした使用者側の主張への反駁の根拠として、活用の余地のある裁判例だと思います。