弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働条件の利益変更を主張するにあたり、就業規則の変更が必要か?

1.就業規則による労働条件の変更

 労働契約法9条本文は、

「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」

と就業規則を変更することで労働条件を不利益に変更することを、原則として禁止しています。

 就業規則で労働条件を不利益に変更するためには、

「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである」

ことが必要です(労働契約法10条)。

 このように就業規則による労働条件の不利益変更は厳格に規制されていますが、就業規則により労働条件を労働者の有利に変更することに関しては、労働契約法上、特段の規制が設けられているわけではありません。

 それでは労働条件を有利に変更することが比較的緩やかに認められるとして、どの程度までラフに考えることができるのでしょうか。

 この問題を考えるうえで、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.11.27労働判例ジャーナル97-26 エコシステム事件です。

2.エコシステム事件

 本件で原告になったのは、タクシー事業を営んでいる株式会社です。給料の過払い分があるとして、タクシー乗務員として就労していた被告P3に対し、過払い分に相当する金銭の返還を求めて訴えを提起しました。

 これに対し、被告P3は給料に過払いが生じていることを争うとともに、残業代を請求する反訴を提起しました。

 残業代の計算に関連し、就業規則の賃金規程に規定されていたものよりも従業員に有利な歩合率が社内報で周知されていた場合に、そのことをどのように評価するのかが問題になりました。

 この問題に対し、裁判所は、次のとおり述べて、社内報に賃金規程の内容を補充する効力があると判示しました。

(裁判所の判断)

本件社内報記載の『特約』は、本件賃金規程の歩合率に加算して支払うものであることが認められる。本件社内報が賃金規程の内容を原告の従業員に有利に変更するものであり、それが原告社内において周知されていたことからすると・・・、本件社内報は、本件賃金規程の内容を補充する効力を有するものと解される。

(中略)
「以上によれば、本件労働契約において、本件社内報記載の『特約』が付加された本件賃金規程の定めが、労働契約の内容になっていたと解するのが相当である。」

3.自己に有利なルールの変更を主張する場合、社内報を根拠にできることもある

 当然のことながら、労働者の有利に労働条件が変更されたことは、それ自体が紛争の対象になることを、あまり想定できません。そのため、個別合意によることなく集団的な処理として労働者の有利に労働条件を変更する場合、その形式として就業規則の変更によることが必要なのか、どのような実体的要件のもとで変更が可能になるのかは、それほど議論されていなかったように思います。

 エコシステム事件は、労働者の有利に労働条件を変更するにあたっては、必ずしも就業規則変更の形式による必要がないこと(社内報のようなラフな文書でも労働条件を変更する効力を持ち得ること)、周知性さえあれば変更の実体的効力が認められることを示しています。

 本件は、会社側から社内文書で一旦付与された利益が事後的に奪われそうになった場合などの局面において、活用の可能性がある裁判例として注目されます。