弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

コミュニケーション能力不足が争点となる事件で噛み合わない準備書面を作成すること

1.コミュニケーション能力不足を理由とする解雇事件

 コミュニケーション能力不足を理由とする解雇が争点となる事件で、使用者側の主張と噛み合わない準備書面を出し、そうした手続態度がコミュニケーション能力不足の裏付けとされた裁判例が公刊物に掲載されていました。那覇地決令元.11.18労働経済判例速報2407-3 学校法人A学園(試用期間満了)事件です。

2.学校法人A学園(試用期間満了)事件

 本件は解雇された労働者が債権者として申し立てた、仮の地位を定めることなどを求める保全事件です。

 本件の債務者(使用者)は学校法人です。債権者(労働者)は債務者との間で有期労働契約を締結し、言語教育部の事務職員として働いていた方です。3か月の試用期間の満了時に、コミュニケーションスキル及び協調性への不安を理由に、試用期間をもう3か月延長されました。その後、延長された試用期間の満了時に、依然として問題が改善されていないとして、解雇されました。これに対して、解雇の無効を主張し、仮の地位を定める仮処分等の申立に及んだのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて債権者(労働者)のコミュニケーション能力不足を認定し、仮処分の申立を却下しました。

(裁判所の判断)

「債務者は、本件会議の後、債権者がミーティングの場で最低限の発言すらしようとせず、素っ気ない態度に終始したと主張しているが、前記のとおりの債権者のコミュニケーション上の問題点に加え、債権者は、日本語ランチテーブルのミーティングで反対意見を述べたこと自体がA及びB副学長によって失礼と取られたと憤慨し、本件準備書面で、意見を述べたこと自体が失礼と扱われて不当であり、このため発言を控えるようにしていたと主張していることからすると(なお、前記のとおり、A及びB副学長は、発言内容やその伝え方を問題にしているのであって、反対意見を述べること自体を咎めているわけではなく、むしろ、積極的に意見を交わすべきと伝えている。)、債務者の主張に近い状況にあったことが窺える。
「このような状況では、債権者がAに友好的な対応をとるとは考えにくいから、債権者は、ミーティング以外でも、Aや債権者と非友好的な同僚とは積極的なコミュニケーションをせず、むしろ、自身が許容されると考える中で最低限度のコミュニケーションに終始したことが推認できる。」
「債権者は本件仮処分手続において、債務者が問題点として指摘する、無断で試験時期をずらしたこと、勤務時間内にボランティアに参加したこと、退勤時間を他の同僚とずらしたこと等について、自身の判断の正当性を主張している。しかし、仮にこれらの事項について債権者の主張に合理性があったとしても、これらの事項は、少なくとも事前に上司や関係する他の職員に相談しなければ職員間で無用な軋轢を生む可能性をはらむものばかりであり、債権者の方から念のために積極的な相談、報告といったコミュニケーションをすべきであったといえる。しかし、前記のとおりの債権者のコミュニケーション上の問題点及び飽くまで自身の判断の正当性の主張に力点を置く本手続における債権者の対応からすると、上記の問題点に関する債権者の対応は、債務者の職場で求められる最低限のコミュニケーションの域に達していなかったことが容易に想像できる。

3.論点を的確に把握しない準備書面は±ゼロではなく消極要因となる

 本件で使用者側が設定した解雇理由は、意見を述べた時の発言内容や言い方にありました。しかし、労働者側は、意見を述べたこと自体を問題視されたという主張を準備書面上で展開していたようです。

 結果、どうなったのかというと、そうした手続態度を、まさにコミュニケーション能力が欠如していたことの裏付けとして指摘される羽目になりました。

 個人的な経験に照らすと、対立当事者が噛み合わない主張を強引に展開してくる事件では、比較的好ましい結論が得られていることが多いように思われます。まともに論争すれば勝てないことを態度で示しているようなものだからです。そういう意味では、論点が的確に把握されていない準備書面は単に無益というだけではなく、有害無益なのだと思います。

 争点を的確にとらえる主張をすることは、どのような訴訟類型でも重要なことではありますが、コミュニケーション能力不足が争点となる事件においては、特に敏感になっておく必要があるのだと思われます。