弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務先に非違行為が発覚した時の対応-嘘で切り抜けようと思う前に弁護士に相談を

1.非違行為の発覚

 勤務先に非違行為が発覚した時に、嘘で切り抜けようとする人は一定数います。

 しかし、嘘で塗り固めらたストーリーは、綻びが生じやすいので、そうそう何とかなるものではありません。使用者側から追及を受けているうちに、大体が破綻して、余計に傷口を大きくすることになります。

 近時の公刊物に掲載されていた、広島地判令元.12.25労働判例ジャーナル96-58 公立大学法人広島市立大学事件も、余計な嘘が処分を重くした事例の一つです。

2.公立大学法人広島大学事件

 本件で原告になったのは、公立大学の准教授の職にあった方です。

 被告になったのは、原告の勤務先であった公立大学法人です。

 平成25年6月28日、原告の方は、被告に対して長期研修申請書を提出しました。

 申請書には研修計画として英国の大学に滞在することが記載されていました。

 しかし、実際には韓国に滞在しており、一度も英国には渡航しませんでした。

 このことが疑惑として浮上し、被告大学の調査対象になった時、原告の方は、

「研修期間中、合計6回日本に一時帰国し、1回オランダに渡航したほかは、英国に滞在していた」

と報告し、

「自身の報告内容に沿う時期に英国に出入国した旨の出入国スタンプが押印された原告のパスポートの写し」

を偽造して提出しました。

 また、英国への1往復分の旅費の支給の申請を行い、偽造した航空機の半券の写し等を提出し、被告から34万4174円の旅費支給を受けました。

 こうして英国に滞在していた体裁が取り繕われた結果、手続的な問題があったにすぎないとして、原告は被告から口頭での厳重注意処分を受けただけで済みました。

 しかし、後日、原告の著書の記載内容から、英国ではなく韓国で研究活動をしていた疑いが再浮上しました。

 ここでも原告は出入国記録証明書を偽造するなどして乗り切ろうとするのですが、結局、諸々の不正・偽造が発覚し、懲戒解雇されるに至りました。

 被告が懲戒解雇事由として構成したのは次の三点です。

「原告は、平成26年度学外長期研修者として、平成26年4月1日から英国のケンブリッジ大学において研修を行わなければならなかったところ、無断で韓国等に滞在し、英国へは一度も渡航していなかった」(本件懲戒事由1)。
「原告は、本件が大学から研修状況の報告を求められた際、パスポートや他人の署名入り書簡、韓国の出入国記録を偽造して提出する等して、英国に滞在していたとする虚偽を報告し続けた」(本件懲戒事由2)。
「原告は、偽造した搭乗券コピー等を提出の上、英国への往復旅費34万4174円を不正に受給した」(本件懲戒事由3)。

 これに対して、諸々の不正にはやむを得ない面があっただとか、出勤日を水増しして給与等約100万円を不正に受給した別の准教授が戒告処分に留まっていることとの比較において重すぎるといった主張(比例原則違反)を展開し、懲戒解雇の効力を争って原告が被告を訴えたのが本件になります。

 裁判所は、原告の弁解は採用できないか、くむべき事情として十分なものは見当たらないとして懲戒解雇の有効性を認め、原告の請求を棄却しました。

 それ自体は、それほど驚くようなことではないのですが、比例原則違反について次のような判示をしています。

(裁判所の判断)

「原告は、本件と比較すべき同種事例として、本件大学の准教授が出勤日を水増しして申請するなどして、給与等約100万円を不正に受給した事例について、懲戒処分としての戒告が選択されていること・・・を挙げ、これと比較して、本件懲戒解雇が重きに失し、比例原則に違反すると主張する。」
「しかしながら、本件は、被告による調査が進行する中で英国に渡航したとの虚偽報告を行い、それに沿う形で本件懲戒事由3である不正受給に及び、度重なる学内調査がされたにもかかわらず、原告が虚偽の報告をし続けたという点で指摘の事例と異なるので、指摘の事例より悪質と評価できる。」

3.嘘を嘘で塗り固めようとしたことが事態を決定的に悪くした

 どういう動機・経緯で英国ではなく韓国で在外研究をしたのかは、判決文を読んでも今一分かりにくいのですが、非違行為がこれだけで、お金が絡んでいなければ、まだ懲戒解雇を避けるための立論は展開できたかもしれません。原告が研修期間を通じて一定の成果を挙げたことは、裁判所も懲戒解雇の相当性を判断する中で言及しており、遊んでいたというわけではなさそうだからです。

 しかし、不正を糊塗するため、文書偽造に及んだのは良くない判断でした。

 偽造文書を提出たことは、給与等100万の不正受給よりも事案として悪質であると認定する根拠として用いられたのみならず、

「原告が本件推薦状として提出する書証は、写しであるところ、原告は他にも偽造文書を提出してきた経緯に照らすと、原本を確認しないで作成の真正を認めることは困難である。」

と判示されるなど、立証活動の足枷にもなりました。

 嘘を塗り固めるため、旅費を請求したのも不適切な判断です。

 現在の裁判例は、

「横領・背任や金銭的な不正行為については、金額いかんにかかわらず、おおむね懲戒解雇は有効とされている」

傾向にあります。(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕399頁参照)。

 金銭が絡むと懲戒解雇の効力を争うハードルが一気に上がります。

 非違行為が発覚した時、ペナルティを軽くしようと嘘を嘘で塗り固めても、大抵は碌な結果になりません。そうした行為は、事態を悪化させるだけです。

 そのため、使用者側から非違行為を指摘された時には、できるだけ早い段階で弁護士と対応を相談することをお勧めします。

 本件に関しても、最初の調査の段階で弁護士に相談していれば、また違った結果になっていたかも知れません。