弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

重責解雇は懲戒解雇か?

1.重責解雇

 重責解雇という言葉があります。

 一般の方には馴染みのない言葉だと思いますが、これは、主に雇用保険との関係で使われる用語で、

「自己のめに帰すべき大な理由によつて解雇され」

たことを意味する言葉です(雇用保険法33条1項参照)。

 解雇された場合、通常は7日間の待期期間の後に支給を受けることができますが(雇用保険法21条)、重責解雇に該当する場合、これに加えて3か月の給付制限期間を経過しなければ基本手当を受給することができません(雇用保険法33条1項 なお、法文上の給付制限期間は「一箇月以上三箇月以内の間で公共職業安定所長の定める期間」となっていますが、雇用保険に関する業務取扱要領(令和2年3月1日以降)-一般被保険者の求職者給付-第12 給付の制限-3 法第33条の給付制限 52205(5)法第33条の給付制限期間-ロによって、「自己の責めに帰すべき重大な理由によって解雇された場合及び正当な理由なく自己の都合により退職した場合の給付制限期間は、3か月となる」とされているため、実務上の原則的な待機期間は3か月とされています。)。

 また、解雇により離職した方は特定受給資格者として基本手当の所定給付日数で優遇措置がとられていますが(雇用保険法22条及び23条対照)、ここでいう「解雇」から重責解雇は除外されています(雇用保険法23条2項2号括弧書参照)。

 重責解雇かどうかの認定基準は雇用保険に関する業務取扱要領に記載されていて、典型的には、事業所内において、窃盗、横領、傷害等刑事犯に該当する行為があった場合などが挙げられます。(業務取扱要領-一般被保険者の求職者給付-第12 給付の制限-3 法第33条の給付制限-52202(2)参照)。

 重責解雇は、このように雇用保険法上のペナルティと結びついています。

 では、誰が第一次的に重責解雇の判断をするのかというと、これは事業主になります。事業主は離職した労働者からの求めにより離職証明書を交付することになっています(雇用保険法施行規則16条)。離職証明書の様式は雇用保険法施行規則で「様式第五号」として定められています。この様式の離職理由欄に、「重責解雇(労働者の責めに帰すべき重大な理由による解雇」というチェックボックスが設けられていて、重責解雇として労働者を解雇する場合、事業主はここにチェックをすることになります。これを手掛かりに、公共職業安定所長は離職理由が重責解雇に該当するのかを公権的に判断することになります(業務取扱要領-一般被保険者の求職者給付-第12 給付の制限-3 法第33条の給付制限-52201(1)参照)。

2.重責解雇は懲戒解雇か?

 使用者から重責解雇によって離職したとの離職証明がなされた場合、これは懲戒解雇に該当するのでしょうか?

 なぜ、このようなことが問題になるのかというと、懲戒解雇と普通解雇は法的には別のものだからです。

 実務上、懲戒解雇の普通解雇への転換という議論があります。懲戒解雇とは言ったものの、懲戒解雇としての有効要件を満たしそうにないことが事後的に判明した場合に、使用者から普通解雇としての意思表示も内包しているといった主張がなされることがあります。懲戒解雇の普通解雇への転換という議論は、このような場合に、普通解雇としての有効要件を検討し、それが具備されている場合に普通解雇することができるかという議論です。

 この問題に関しては、

「民法の解雇自由の原則の中で行われる中途解約の意思表示である普通解雇の意思表示と、懲戒権の行使とされる懲戒解雇の意思表示とは法的性質を全く異にするから、懲戒解雇の意思表示に普通解雇の意思表示が含まれているとみることはできないとの一般的には解されている。」
「事実認定の問題として懲戒解雇の意思表示に普通解雇の意思表示が包含されていると事実認知するのはごくごく例外的な場合に限られる。」

との認識が標準的な理解だと思います(白石哲ほか編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕392-393頁)。

 それでは、懲戒解雇だとか普通解雇だとかいった種類が明確にされないまま言い渡された解雇の意思表示について、離職証明書の「重責解雇」欄にチェックが入っていた場合に、その解雇の法的な性質はどのように理解されるのでしょうか?

3.東京高判令元.5.8労働判例1216-52 協同組合つばさほか事件

 上記の問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京高判令元.5.8労働判例1216-52 協同組合つばさほか事件です。

 これは、外国人技能実習生が、解雇の効力等を争って、雇い主である協同組合に対して地位確認の訴えなどを提起した事件です(多数当事者の複数の請求権が問題になった事件ですが、本論点を考えるうで参考になる形で紹介しています)。

 本件で協同組合が作成した離職証明書(判決書にある「離職票」というのは多分「離職証明書」のことだと思います)には、重責解雇の欄にチェックが入れられていました。

 原告・控訴人である外国人技能実習生側は、これを懲戒解雇だと主張しました。懲戒解雇だと主張したのは、協同組合において就業規則が定められていなかったからです。使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことが必要です(最二小判平15.10.10労働判例861-5 フジ興産事件)。

 原告・控訴人側の主張の骨子は、本件の解雇は懲戒解雇であるのに就業規則上の根拠がない、だから無効だという点にあります。

 しかし、裁判所は、次の通り述べて、重責解雇が懲戒解雇であるとの主張を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「控訴人は、本件解雇は懲戒解雇として行われたものであり、X1雇用契約に懲戒事由の定めはなく、被控訴人が就業規則を定めていないことから、懲戒権の根拠を欠くものとして無効である旨主張する。」
「確かに、一般に、使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ労働契約又は就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要するところ、前提事実のとおり、X1雇用契約に懲戒事由の定めはなく、被控訴人が就業規則を定めていないことから、控訴人が主張するとおり、被控訴人は、控訴人に対して懲戒解雇をすることはできない。」
「しかしながら、このような場合に、仮に使用者が懲戒解雇と称する意思表示をしたとしても、使用者が懲戒権の行使としての解雇であることに固執せず、かつ、労働者の地位を不当に不安定にすることのない限り、使用者のした解雇の意思表示は、普通解雇の意思表示と解することができるというべきである(東京高等裁判所昭和61年5月29日判決労働関係民事裁判例集37巻2・3号257頁参照)。」
「これを本件についてみるに、控訴人の離職票において被控訴人が重責解雇と記載したからといって直ちにこれが懲戒解雇を意味するものとはいえず、他に本件解雇について懲戒解雇であると明示されたことはなく、本件訴訟においても、被控訴人は、本件解雇は普通解雇であると主張しているのであるから、本件解雇を普通解雇と解するとしても、これによって労働者である控訴人の地位を不当に不安定にするとは認め難い。
したがって、本件解雇については、その余の点につき判断するまでもなく、普通解雇であると解するのが相当であって、これが懲戒解雇であることを前提として無効であるとする控訴人の主張は採用することができない。

4.「転換」の問題は概ね事実認定の議論として扱われるのであろう

 実務上、懲戒解雇の普通解雇への「転換」として議論されている問題は、おそらく懲戒解雇の意思表示なのか普通解雇の意思表示なのかという意思解釈の問題、事実認定の問題に帰着するのではないかと思います。

 労働者に重大な責めがあるからといって普通解雇の意思表示をすることができないわけではなく、本件では、

就業規則がない関係で元々懲戒解雇という選択肢がなかったこと、

使用者が一貫して普通解雇だと主張していたこと、

労働者の責めがあることと普通解雇を行うことは両立しない関係にはないこと、

などが効いて、該当の解雇は普通解雇の意思表示であるという事実認定がされたのだと思います。

 本件は、離職証明書上の「重責解雇」欄にチェックが入っていることが、意思解釈・事実認定においてどのように考慮されるのかを考えるうえで、参考になる事例だと思われます。