弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分の効力を争うにあっての注目点-他のより軽い処分の選択可能性

1.懲戒権の濫用

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 この条文に基づいて、濫用的な懲戒処分の効力は否定することができます。

 懲戒権の濫用を判断するにあたっての考慮要素は、「行為の性質及び対応」と「その他の事情」です。

 この「その他の事情」の内容について、代表的な労働契約法の解説書である荒木尚志ほか『詳説 労働契約法』〔弘文堂、第2版、平26〕159頁は、

「『その他の事情』については、最高裁判決では、当該事案における労働者の行為の『結果及び情状並びにこれに対する使用者の対応等』を考慮したうえ、懲戒解雇を有効としたものがあり、それによれば、行為の結果(企業秩序に対していかなる悪影響があったか)や労働者側の情状(これまでの処分や非違行為歴、反省の有無・態様など)および使用者の対応も考慮要素に含まれよう。」

「最後の『使用者の対応』に関して、最近の最高裁判例には、同僚に対する暴力事件を生じさせてから7年以上経過し、当該暴力事件が不起訴となった後になされた諭旨解雇を懲戒権の濫用と判断したものがある。懲戒処分が可能であったにもかかわらず長期間それを行わなかったという使用者の対応が、権利濫用という評価の根拠の1つになりうることを示した事例として位置付けられる。その他に問題になる『使用者の対応』としては、同種の行為を行った他の労働者への処分との均衡などがあげられよう。」

と記述しています。

 このように「その他の事情」には種々の事情が含まれますが、その中の一つに

「他のより軽い処分の可能性が十分に検討されていたのか?」

という要素があります。

 近時、この点を考慮要素に掲げて懲戒処分の効力を否定した裁判例が、立て続けに言い渡されました。

神戸地判令元.11.27労働判例ジャーナル96-80 ノーリツ事件

横浜地判令元.10.10労働判例1216-5 ロピア事件

です。

2.ノーリツ事件

 これは業務用パソコンで仕事中に証券会社のサイト等を私的に閲覧していた従業員の降格処分(懲戒処分としての降格処分)の効力が問題となった事案です。

 降格によって賃金が減少したため、労働者が降格処分効力を争い、降格前の地位の確認と差額賃金等を請求して勤務先である被告会社を訴えた事件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、降格処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告の私的閲覧は、業務とは関連性がない資産運用等の私的な目的でなされたもので、何ら酌むべき点はなく、その態様は、約5か月半のうち合計86日で、1日当たり15分から17分程度と職務専念からの逸脱の程度は小さくなく、また、その不利益の程度も、役割給が6720円、役職手当が5000円の減額となり、本件降格処分前の原告の役割給が30万6720円で、役職手当が1万円であることからすると、原告の受ける不利益は必ずしも大きいものとはいえない。」
「しかしながら、本件私的閲覧は、その態様にかんがみても、業務への支障が大きいとまではいうことはできず、しかも、原告の等級がS1(係長相当)であったことからすると、被告に与える影響もそれほど大きいわけではなく、職場秩序を乱すものとまではいうことはできず、また、これによってサーバーセキュリティ上の危険が生じたわけではない。本件降格処分前、原告が懲戒処分を受けたことや原告の勤務成績が不良であったことはうかがえず、原告も被告による注意喚起等で私的閲覧が禁止されていることを認識していたものの、原告に対する個別の注意や指導等はなく、原告に対する処分として、降格処分の他に減給処分もなし得たが、この点について被告内で十分な検討がされたことはうかがえない。
「これらの事情を考慮すると、本件降格処分は、いささか重きに失するものであり、社会通念上の相当性を欠くものというべきである。」
「したがって、本件降格処分は無効というべきである。」

3.ロピア事件

 これはスーパーマーケットで勤務していた従業員が、商品を会計せずに持ち帰ったことを理由になされた懲戒解雇の効力が問題になった事案です。

 労働者が懲戒解雇の効力を争って、使用者に対し、地位確認や未払賃金等の支払を請求する訴訟を提起しました。

(以前、管理監督者性に関わる事件として紹介した裁判例と同じ事件です)

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/01/19/002628

 裁判所は、次の通り述べて、懲戒解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件持ち帰り行為について、原告が故意に窃盗行為をしたと認めるに足りず、故意の犯罪の成立を前提とする就業規則67条1項12号及び13号該当性は認められない。」

(中略)

「さらに、本件持ち帰り行為を故意による窃盗行為と認定した本件懲戒解雇の手続に際して作成された報告書においてさえ、論旨退職相当との見解が示されていたのに・・・、本件訴訟手続係属後に故意による窃盗行為と認定されない場合に備えて予備的に行った懲戒処分に際して、より軽微な処分についての検討が真摯になされたとの主張もないし、本件全証拠によっても認められない。
「以上より、本件懲戒解雇は、対象行為が就業規則67条1項12号及び13号に該当せず、被告が予備的に行った本件予備的解雇意思表示については、対象行為が就業規則67条1項5号、6号及び18号に該当するかは疑問があり、少なくとも、故意による窃盗行為よりも比較的軽微な違反行為に対し、不相当に重い処分がなされたものといえる。よって、本件懲戒解雇及び予備的に行った本件予備的解雇意思表示は、いずれも、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、無効である。」

4.就業規則に複数の処分が規定されている場合、重い処分を選択したことが積極的に正当化できるのかが問われることになる

 ノーリツ事件・ロピア事件における被告会社の就業規則は次のような体裁になっていました。

(ノーリツ事件の就業規則)

78条 譴責、減給、出勤停止、降職又は諭旨退職
 従業員が、次の各号のいずれかに該当するときは、その情状に応じ、譴責、減給、出勤停止、降職又は諭旨退職に処する。
8号 就業時間中に許可なく私用を行ったとき。
22号 会社に属するコンピューター、電話(携帯電話を含む)、FAX、インターネット、電子メールその他の備品を無断で私的に使用したとき。
24号 第2章(服務)に定める事項に違反した場合であって、その事案が軽微なとき

(ロピア事件の就業規則)

第67条(懲戒解雇)
 次の各号の一に該当する場合は、懲戒解雇に処することができる。ただし、情状によっては、諭旨退職その他の懲戒処分にとどめることがある。
(1)から(4) (略)
(5)会社の風紀を著しく乱した者
(6)会社の秩序を著しく乱した者
(7)から(11) (略)

(12)刑法その他刑罰法規に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなった者
(13) 会社財産の横領に関わった者
(14)から(17) (略)
(18) その他前各号に準ずる程度の不適切な行為を行った者

 懲戒事由に対応する懲戒処分が幅をもって規定されていることは珍しくありません。このような仕組みのもとで重い懲戒処分を科して行くにあたっては、より軽微な懲戒処分では足りないことを基礎づける積極的な理由が問われることになります。

 この理由を使用者側で十分に検討していなかった場合には、そのこと自体が懲戒権の濫用を根拠付ける原因になり得ます。

 最初に掲げた代表的な概説書に必ずしも分かりやすい形で記述されているわけでないこともあり、見落されがちな考慮要素ですが、裁判例において重視されるポイントでもあるため、失念しないように注意することが必要です。