弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

週6日・48時間勤務の労働契約の理解-固定残業代としての理解は可能か?

1.現行法上の労働時間規制

 現行法上、1日の労働時間は8時間まで、1週間の労働時間は40時間までに制限されています(労働基準法32条)。これを超える所定労働時間を定めることは基本的に許容されていません。

 では、こうした労働基準法の定めを無視し、敢えて週6日・1日8時間勤務(週48時間勤務)の労働契約を締結した場合、その契約はどのように理解されるのでしょうか。

 この問題については、二通りの理解が可能であるように思われます。

 一つ目は、1日8時間・週5日勤務に労働契約が修正されるとする考え方です。

 労働基準法13条は、

「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。」

と規定しています。

 この規定に基づいて、週6日・48時間勤務の契約は無効となり、労働基準法32条が規定する1日8時間、週5日・40時間勤務に契約内容が修正されるとの理解です。

 この理解によれば、月給は週6日・48時間勤務の対価から、週5日・40時間勤務の対価へと修正され、それに併せて残業代を計算するうえでの時間単価も上方修正されることになります。

 二つ目が、固定残業代としての理解です。

 この立場は、月給を、1日8時間、週5日・40時間勤務の対価 プラス 週1日・8時間分の固定残業代 として理解することになります。

 それでは、いずれの理解が正当なのでしょうか?

 この問題を判示した裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。

 横浜地判令元.6.27労働判例1216-38 しんわコンビ事件です。

2.しんわコンビ事件

 この事件で被告になったのは、建築工事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員の方複数名です。

 原告らは、いずれも、被告との間において、

勤務日  毎週月曜日から土曜日

勤務時間 午前8時30分から午後5時30分までのうち8時間

で月給制の労働契約を締結していました。

 これが労働基準法32条に違反している結果、労働契約の内容が1日8時間、週5日・40時間労働に修正されるとして、上方修正された時間単価を前提に、未払の時間外勤務手当等を請求して被告を訴えた事件です。

 被告は上記の労働契約は固定残業代の合意を含んだものだと反論しましたが、裁判所は次のとおり判示して、原告らが主張した見解を採用しました。

(裁判所の判断)

原告らと被告との間で締結された本件労働契約は、いずれも1日8時間、週6日勤務に対してその給与を月給制で支払うことを内容とするものであるところ、これは週48時間の勤務を所定労働時間とする点で、労基法32条1項に違反することが明らかである。そのため、本件労働契約の内容は、労基法13条、32条1項により、一週間当たりの所定労働時間を48時間と定める部分が無効となり、これが40時間(1日8時間、週5日勤務)へと修正されるものと解されるところ、月給制は原則として、月当たりの通常所定労働時間の労働への対価として当該金額が支払われる旨の合意であるから、被告が原告らに支払った月給は、上記のとおり労基法に従って修正された所定労働時間に対する対価として支払われたものと解するのが相当である。

「これに対して、被告は、原告らに支払った給与は『1日8時間、週6日勤務』の対価として支払われたものである以上、①原告らが請求できるのは週1日(6日目)分のうち割増賃金分に限られ、仮に割増賃金分に限らない全額の賃金の支払を認めるのであれば、既に支払われた6分の1は労働の対価なく支払われたものとして不当利得になる、②基礎賃金についても6分の5の金額で計算し、残りの6分の1については、週1日の時間外労働に対する固定残業代の合意があったと解釈すべきである旨主張する。」

「しかしながら、労基法13条により無効となるのは、同法の定める基準に達しない労働条件に限られるのであり、原告らの労働条件において、無効となる所定労働時間に応じて賃金の定めが修正され、被告から原告らに対し、時間外労働に対応した賃金が支払われたとみるべき事情はうかがわれない。また、原告らの労働条件について、これを定めた労働契約書や就業規則は存在しておらず、原告らとCの採用面接の際にも、給与の一部を固定残業代と解すべき合意等は何ら認められないことを踏まえると、原告らが支払を受けた賃金に、時間外労働に対応する賃金が含まれるとは認められず、被告の主張はいずれも採用できない。

「以上を前提に基礎時給の算定方法について検討すると、本件労働契約における年間所定労働日数は、週6日勤務であることを前提に309日とされていたところ・・・、前記のとおり一週間当たりの所定労働時間が48時間から40時間に修正される結果、週当たりの所定労働日数は5日と修正されるため、309日から52日(365日÷7)を差し引いた257日を年間所定労働日数となり、月平均所定労働時間は、別紙1-1ないし1-5各基礎時給計算書の『月所定労働時間(時間)』欄記載のとおり認められる。」

3.ここまで露骨な労基法違反は珍しいが・・・

 残業代を払わない会社はそれほど珍しくありませんが、1日8時間・週40時間労働の規制を、これほど露骨に無視している会社は、それほど多くはないと思います。

 そのような意味では、それほどの汎用性のある裁判例ではないかもしれません。

 しかし、事前の説明や就業規則等の諸規程の欠缺から、賃金に時間外労働の対価が含まれているとはいえないとした判示事項は、固定残業代の効力を争う場合に、参考になるかも知れません。