弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

出来高払制(歩合制)の労働契約と最低賃金

1.歩合制の労働契約

 労働基準法27条は、

「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。」

と規定しています。

 こうした規定があることから分かるとおり、賃金を出来高払(歩合)で支払うことは、法律上、許容されていないわけではありません。「労働時間に応じ」た「一定額の賃金の保障」さえ設定されていれば、出来高払制(歩合制)で賃金を定めることは可能です。

 しかし、出来高払制(歩合制)の労働契約の中には、

「労働時間に応じ」た「一定額の賃金の保障」

が適切に設定されていない契約も珍しくありません。

 単価が低く設定されていたり、成果が上がりにくい業務であったりする場合、信じられないほど長時間働いているにもかかわらず、賃金が低額に抑えられているケースがあります。

 こうした方は、往々にして成績を上げることができない自分自身を責めがちですが、一度、最低賃金との関係を見直してみると良いと思います。労働時間との関係で賃金が最低賃金を下回っている場合、差額を請求することができるからです。

 近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令元.12.27労働判例ジャーナル96-56 税経コンサルティング事件も、出来高給(歩合給)と最低賃金との関係が問題になった事件の一つです。

2.税経コンサルティング事件

 本件で被告になったのは、保険業務等を目的とする合同会社です。

 原告になったのは、被告のもとで保険の営業業務等に従事していた方です。

 原告と被告との間で交わされた雇用契約書では、給料について、

「最初の期間は、フルコミッション制。労働時間に応じ一定額の賃金は保障。一定期間後は、固定給と業績給制へ移行する。」

と記載されていました。

 こうした契約のもとで稼働してきた原告が、最低賃金に満たない賃金しか支払われていないとして、最低賃金額に基づて計算した賃金額と実際に支給された賃金額との差額を請求する訴えを起こしたのが本件です。

 被告は、原告との契約は雇用契約ではなく委託契約だと主張しました。しかし、裁判所は、次のとおり述べて、契約の性質を雇用契約であると認定したうえ、原告の請求の殆どを認容する判決を言い渡しました。

(裁判所の判断)

「原告及び被告は、平成27年4月1日頃、それぞれ自己の意思に基づき、本件雇用契約書に原告が署名押印し、Bが被告代表者として押印してこれを作成した事実が認められる。これによれば、原告及び被告の間では、同日、本件雇用契約書に記載の契約が成立したものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。そして、本件雇用契約書は、その表題が『雇用契約書』であるのみならず、雇用契約を締結する旨が明記され、原告が被告のもとで保険業務等の労務を提供し、その対価として給料(フルコミッション制(完全歩合制)であるが労働時間に応じた一定額の賃金が保障される)を支払うことを内容としている上、賞与や健康保険、雇用保険、厚生年金の加入についても併せ定めているのであり、雇用契約としての実質を備えた内容となっている。他面、雇用契約であることと明らかに矛盾する内容は見いだせないことにも鑑みれば、原告と被告との間で成立した契約が雇用契約であることは明らかである。」

(中略)

「原告の請求に係る平成27年5月から平成29年5月まで(ただし、平成27年12月を除く。)の間の勤務に関し、被告は、原告に対し、最低賃金と同様の賃金の支払義務を負い、同賃金額の算定は、対応する期間の大阪府の最低賃金・・・に労働時間数を乗じて算出することになる」

3.出来高払制(歩合制)の賃金と最低賃金の関係は覆い隠されやすい

 出来高払制(歩合制)と最低賃金の関係は気付かれにくいことも珍しくありません。

 最低賃金との関係の覆い隠され方は、大きく言って二つあります。

 一つは、業務委託・フリーランスといった形での偽装です。業務委託だから最低賃金法は適用されない、自営業者間の契約だから最低賃金とは関係ない、そういった形での偽装の仕方です。

 しかし、労働者性は実質に基づいて決められます。税経コンサルティング事件は契約の文言すら委託契約ではなかったケースですが、委託契約・請負契約といった表題で契約が締結されていたとしても、当該契約が労働契約としての実質を備えている場合、最低賃金法などの労働者を保護するための法律の適用を受けることになります。

 もう一つは、労働契約としての形を維持しながらも、「労働時間に応じ」た「一定額の賃金の保障」の設定が甘いケースです。

 長時間労働を意識せずに「一定額の賃金の保障」が決められている場合、賃金を実際の労働時間をもとに割り算してみると、最低賃金額を下回っていた事実が判明することがあります。

 労働者に近い働き方をしているフリーランスの人、やたら労働時間が長い出来高制(歩合制)労働者の方は、一度、報酬・賃金と最低賃金との関係を調べてみても良いのではないかと思います。

4.最低賃金とはいえ、それなりの金額になることも珍しくない

 税経コンサルティング事件では、

「被告は、原告に対し、118万1959円及びうち116万8272円に対する平成29年6月1日から、うち1万3687円に対する同年6月21日から、各支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。」

との判決主文が言い渡されています。この判決からも分かるとおり、最低賃金とはいえ、かなりの長時間の労働を強いられていた場合、ある程度まとまった金額になる可能性があります。

 気になる方は、ぜひ、一度ご相談ください。