弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

私傷病休職からの復職にあたり配置転換を求めることはできるのか?

1.私傷病休職からの復職の可否

 私傷病で一定期間就労できないことは、本来は労働契約における債務不履行であり、解雇理由になります。しかし、直ちに解雇するのは酷であることから、多くの企業では、解雇猶予の目的で私傷病休職制度が設けられています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕306参照)。

 元々、解雇猶予の制度でしかないことから、復職の要件である「治ゆ」のハードルは高めに設定されています。具体的には、

「『治ゆ』(休職事由の消滅)とは、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したときを意味し、それに達しない場合には、使用者が当該労働者の就労を拒絶し、解雇又は自動退職扱いにすることが直ちに違法とはいえない」

と理解されています(前掲文献312頁参照)。

 しかし、労働者側としては、従前の職務に従事していて傷病に至ったのであるから、従前の職務には戻りたくないという気持ちになることもあるだろうと思います。特に、休職の理由が精神的な疾患である場合には、そうした気持ちになる方は少なくないと思います。

 それでは、復職にあたり、従前の職務に復帰することが不安である場合、安全配慮義務の内容として、配置転換を求めることはできないのでしょうか。

 この点が問題となった近時の裁判例に、大阪地判令元.11.27労働判例ジャーナル96-78 京都市事件があります。

2.京都市事件

 本件で原告になったのは、京都市の中央斎場で勤務している方です。保健福祉局の衛生業務員の募集に応募して採用された方です。募集案内で衛生業務員の職務内容は中央斎場での火葬業務とされていて、実際、原告は採用後に保健福祉局の生活衛生課で中央斎場の管理運営及び関連業務に従事していました。

 中央斎場の敷地内においてトラックの荷台に乗って移動中、交通事故にあって重篤な傷害を負い、それをきっかけに適応障害に罹患しました。

 そこからの復職にあたり、被告が配置転換等の負担軽減措置をとらなかったことが安全配慮義務に反する違法行為であると主張して、京都市を相手取って慰謝料を求める国家賠償請求訴訟を提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、配置転換によって負担軽減措置をとるべき義務への違反を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件疾病の診断を受けた平成27年5月11日以降、原告は、一貫して、本件事故の現場となった中央斎場への復職に対する強い不安を訴えたり、中央斎場を回避するといった状況が見られていたこと、平成29年1月6日の診察時までの間、主治医等は、環境を変えることで改善が期待できるとして、異動が『必要である』との意見を述べていたことが認められる。」
「しかしながら、

〔1〕原告は、E課長らとの復職に向けた平成29年1月24日の面談の後、医務衛生課での時短勤務の後に中央斎場での勤務を織り交ぜる内容のリハビリ勤務を希望し、これを踏まえた同年2月3日の診察・面談時に、主治医は、現職場への不安が強いとしつつ、異動については『望ましい』とし、予定されているリハビリ勤務の計画については特に問題がない旨の意見を述べていたこと・・・、

〔2〕原告は、リハビリ勤務開始後の同年3月2日、中央斎場での午後の勤務に向かう際に体調の急変、悪化を来したが、翌日の診察・面談時に、主治医は、不安症状が出現しており、馴化は未知数である旨述べる一方、『環境変化不可能なら不安への内服を継続』するとし、前日の一件によってリハビリ勤務を中断したり復職を不可と判断することはできない旨の意見を述べていたこと・・・、そして、

〔3〕原告は、同月24日にも中央斎場への出勤中に体調の急変、悪化を来し、また、同月28日以降に本件事故現場付近に赴いた際の強い不安や緊張感を実施記録票に記載したことはあるものの、中央斎場への通勤・出勤を含むリハビリ勤務を概ね計画に沿って完了し、同年4月1日付けでの復職に至っていること・・・、以上の事実が認められる。」
「以上のとおり、原告が、中央斎場への復職につき強い不安や緊張を訴えており、これに伴う体調の急変、悪化等という出来事があったことを踏まえても、原告は最終的に予定されたリハビリ勤務を概ね完了し復職が実現しており、その経過の中で、主治医において、リハビリ勤務の計画を中止すべきであるとか、中央斎場への復職が不適当である等の判断をしていない。
このことに、原告が、中央斎場での火葬業務に従事する衛生業務員として採用され、その後、本件事故までの約12年間にわたり、同業務に従事してきたこと・・・を併せ考慮すると、平成29年4月1日の復職時に原告を中央斎場の勤務に復帰させることが不相当であったとまではいえず、被告の原告に対する安全配慮義務として、原告の復職に当たり、被告が原告を中央斎場以外の勤務場所に配置転換しなければならない法的義務を負っていたとは認められない。

3.結論は消極であったが、あながち無理な立論ではないかもしれない

 裁判所は結論として原告の請求を棄却しています。

 しかし、配置転換を求めるというのも、あながち無理のある立論ではないのだろうと思います。なぜなら、裁判所は、配置転換しなければならない法的義務を負っていたとは認められないとの結論を導くにあたり、比較的詳細な理由付けを行っているからです。

 従前の職務を通常の程度に行えないのであれば、そもそも復職が認められないのだから、復職して従前の職務を通常の程度に行える程度にまで回復している労働者に対して配置転換を行う義務など生じるはずもない、そうしたドライな理解に立つのであれば、個別事案の内容に立ち入った判断はする必要がありません。

 本件で特徴的なのは、採用時に職種が限定されていた節のある点です。

 職種限定特約がない場合、

「最一小判平10・4・9集民188号1頁・労判736号15頁〔片山組事件〕・・・判決の趣旨からは、休職後の復帰に際し、現実に配置可能な業務の有無を検討すべきであろう。」(前掲文献312頁)

と、一定の場合に、配置転換の可能性を検討すべきであるとされています。

 他方、職種限定特約がある場合、

「当初軽作業に就かせれば程なく通常業務に復帰できる場合には、使用者にそのような配慮を行うことが義務づけられる場合がある」(前掲文献同頁)

との見解は存在しても、特約に抵触してまで配置転換を検討すべきとする見解はあまり一般的ではないように思います。

 本件は、職種限定特約があったとしても、労働者が求めるなどの一定の場合には、配置転換義務が生じる余地があるかのような判断がなされているところに特徴があります。

 主治医によって復職不相当の意見が述べられると、そもそも復職の可否との関係が問題になることから、配置転換が必要な場面として具体的にどのような場面が想定できるのかは不分明ではあります。

 しかし、理論上先ず無理(主張自体失当)だといった請求の切り捨て方に特徴的な判示をしていないことからすると、職種限定特約付きの労働契約においても、復職は可能だけれども配置転換の検討が必要だといった領域を考えることは出来るのかも知れません。