弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

タイムカード打刻代行

1.タイムカードを打刻させられてからの残業

 残業代を踏み倒すための古典的な手口として、個々の労働者にタイムカードを打刻させたうえで残業させるという方法があります。

 こうして残業がない体裁を装いつつ、サービス残業を強要します。タイムカードに不正をされると、正確な労働時間を把握する資料はないと思い込んで、残業代の請求を諦めてしまう労働者も少なくありません(実際はそう悲観したものでもありませんが)。

 この亜種として、特定の従業員が他の従業員のタイムカードをとりまとめ、打刻を代行するという態様での不正が行われていた事案が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判平30.7.27労働判例1213-73 一心屋事件です。

2.一心屋事件

 本件は、おにぎりの製造等の業務に従事していた原告が、勤務先を被告として、残業代の支払などを請求した事件です。原告の実労働時間が争点の一つになりました。

 実労働時間が争点になったのは、タイムカードの打刻が不正に行われていたからです。

 不正が行われた経緯は次のとおりです。

「被告では、タイムカードにより従業員の出退勤管理を行っており、原告も平成26年11月3日までは自らタイムカードの出勤時刻及び退勤時刻の打刻を行っていた。」

「被告は、平成26年11月4日より社員のタイムカードの打刻をBが行うので、社員はタイムカードの退社の打刻を行わないよう指示する旨の業務連絡をした。」

「原告のタイムカードは、平成26年11月5日以降、退勤時刻欄に概ね15時台又は16時台の時刻が打刻されている。」

「被告の社員であるG、H、I、J及びKの各人のタイムカードに打刻された平成28年7月21日から同年8月5日までの間の退勤時刻は、概ね15時台又は16時台の時刻が打刻されている上、同一時刻であるか又は1分の差しかない。また、被告の社員であるI、J及びKの各人のタイムカードに打刻された平成28年8月22日から同年9月5日までの間の退勤時刻は、概ね15時台又は16時台の時刻が打刻されている上、Kのタイムカードいついて赤色二重線が引かれている部分を含め、同一時刻であるか又は1分の差しかない。さらに、被告の社員であるI、J及びKの各人のタイムカードに打刻された平成28年9月6日から同月20日までの退勤時刻は、同月11日(日曜日)を除き、概ね15時台又は16時台の時刻が打刻されている上、同一時刻であるか又は1分の差しかない。」

 原告は、Bによって実際の退勤時刻よりも早い事案での打刻が行われていたと主張しました。これに対し、被告は、実労働時間をタイムカードに基づいて認定することを主張しました。

 こうした事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、タイムカードで退勤時刻を認定すべきとする被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が平成27年4月6日から同年11月4日までのA店の配送業務を行っており、配送業務が18時ころまでかかっていたことを認めているところ、同期間の原告のタイムカードの退勤時刻はこれよりも早い15時台から16時台となっているものがほとんどであって、被告は原告のタイムカードの退勤時刻がこのような時刻になっていることについて何ら合理的な説明を行わない。このことに、被告の社員のタイムカードには退勤時刻がほぼ同時刻であるという通常では考えにくい記載が存在していること、被告の主張を前提としても、被告がLの要望により、実際には存在していないN名義のタイムカードをLに打刻させ、同人名義で支給される賃金額を低く抑えるという不適切な対応を行っていたことを併せ考慮すると、平成26年11月4日に甲の原告名義のタイムカードの平日の退勤時刻の打刻が原告の退勤時刻を正しく反映したものと解することはできないから、これによる退勤時刻の認定は許されない。」

3.上辺だけ取り繕おうとしてもボロが出る

 タイムカードを偽装したところで、それが偽装である限り、どこかで辻褄が合わなくなります。本件では配送業務・時刻との矛盾を突かれ、被告は説明ができなくなってしまいました。

 また、本件では、タイムカードの退勤時刻が横一直線で押されているなどの、不自然な状況も指摘されています。

 加えて、判決で指摘されているL云々のくだりは、被告会社がパート従業員Lに偽証させた可能性を示唆しています。

 裁判所は、Lの供述について、次のような認定をしています。

「被告は、原告が洗浄室にはほとんどいなかった旨主張し、証人Lはこれに沿う供述をする。しかしながら、Lは、・・・自己名義のタイムカードのほかN名義のタイムカードを打刻していた時期があるにもかかわらず、被告訴訟代理人からの質問に対しても1枚のタイムカードしか押していなかった旨供述しており、客観証拠と異なる供述を行っている上、・・・Lは、自己名義の給与約14万円の他に名義の給与約9万円を得ており、その合計額は約23万円になるにもかかわらず、週6日勤務して15日ないし16万円の給与しか得ていなかった旨供述するなど、その供述内容は、客観証拠及びそこから認定できる事実と矛盾している。このことに、被告の主張を前提としても、被告がLの要望により、実際には存在していないN名義のタイムカードをLに打刻させ、同人名義で支給される賃金額を低く抑えるという便宜を図っていることを併せ考慮すると、証人Lの供述それ自体を直ちに信用することはできないというべきである。」

 賃金額を低く抑えることが便宜になるのは、公租公課の額を低く抑えられるからです。実際には架空人名義を経由して月に約23万もらっているのに、月給約14万円の人にかかる公訴公課しか負担しないで済むということであれば、それは一定のメリットになります。裁判所は、こうした不正な便宜供与と、Lによる会社に有利な証言との間の結びつきを指摘し、原告の就労実体に係る会社に有利なLの証言の信用性を否定しています。

 上辺だけ取り繕って偽装工作をしようとしたところで、ボロが出るのが普通です。本件では、ボロどころか、偽証を示唆したかのような判示まで引き出されています。

 タイムカードの改ざんが行われている事案においても、他の痕跡から実労働時間を立証し、残業代の請求に繋げられることは、決して少なくありません。

 残業代の請求は、諦める前に、先ずは弁護士に相談してみることをお勧めします。