1.不活動仮眠時間の労働時間性
仮眠が許されている時間であることは、その時間帯が労働時間でないことを当然に意味するわけではありません。
「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たる」と理解されています(最一小判平14.2.28労働判例822-5大星ビル管理事件)。
残業代請求訴訟では、しばしばこの不活動仮眠時間の労働時間性が争点になります。仮眠時間には、それなりのボリュームがあることが多く、これが労働時間に含まれるかどうかで、残業代の額にかなりの差が生じてくるからです。
近時発行された公刊物に掲載されていた、東京高判平30.8.29労働判例1213-60 カミコウバス事件も、不活動仮眠時間の労働時間性が争われた事案の一つです。
2.カミコウバス事件
本件で原告になったのは、夜行バスの乗車・運転等の業務を行っていた方たちです。
被告になったのは、バスの運行等を目的とする株式会社です。
原告の方たちが乗ったバスには、
「2人の従業員が乗務しており、その一方が運転手として勤務している間、他方は交代運転手としてバスに乗って」
いました。
これは
「国土交通省自動車局の『貸切バス 交代運転者の配置基準(解説)』」
という文書で、
「運転者一人では運行距離等に上限がある」
とされていたからです。
交代運転手は、
「運転の際に残った疲れが事故の原因になることがないように、交代運転手として乗車している間は休息するように被告から指導されており、仮眠するなどして休憩」
していました。
本件で問題となったのは、この仮眠時間の労働時間性です。
原告の方は、仮眠自体が指揮命令であるとして、バスに乗車している時間が全て労働時間に該当することを前提として残業代の支払を請求しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、仮眠時間の労働時間性を認めませんでした。
(裁判所の判断)
「運転手が一人では運行距離等に上限があるため、被控訴人(一審被告 括弧内筆者)は交代運転手を乗車させているのであって、不活動仮眠時間において業務を行わせるために同乗させているものとは認められない。」
「また、厚生労働省労働基準局の『バス運転手の労働時間等の改善基準のポイント』・・・によれば、交代運転手の非運転時間は拘束時間には含まれるものの、休憩時間であって労働時間ではないことが明らかである。」
「しかるところ、被控訴人において、交代運転手はリクライニングシートで仮眠できる状態であり、飲食することも可能であることは前記認定のとおりであって、不活動仮眠時間において労働から解放されることが保障されている。被控訴人が休憩や仮眠を指示したことによって、労働契約上の役務の提供が義務付けられたとはいえないから、亡甲野及び控訴人丙川(いずれも一審原告 括弧内筆者)が不活動仮眠時間において被控訴人の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできない。」
3.仮眠自体は指揮命令ではないのか?
東京高裁は本件の交代運転手の不活動仮眠時間について、労働時間性を認めませんでした。
これは厚生労働省労働基準局の解釈との関係で、交代運転手の非運転時間を労働時間ではないとする理解が一般化してしまっていたため、実務への影響の大きさから、そうせざるを得なかったのではないかと思います。
しかし、国土交通省の規制との関係で、労働者には時間を休むことに使う以外の選択肢はありません。運転役を交代した後、趣味のテレビゲームに熱中できるかといえば、そういうことはやってはならないのだと思います。バスの中に缶詰にされているような状態に置かれているのに、これが労働時間でないというのも、素朴な感覚に合わないように思います。
司法判断にあたり、行政解釈を尊重することは、決しておかしなことではありませんが、本件に限って言えば、やや行政解釈に引き摺られてすぎているのではないかという印象を受けます。
とはいえ、このような裁判例があること自体は、実務上無視できません。
これからバス運転手として働こうという方は、賃金の支払いの対象にならない拘束時間が長い業種であることを理解しておく必要があるのだろうと思います。