弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

いい加減な過半数代表

1.過半数代表

 労働基準法36条1項は、従業員に時間外労働や休日労働を命じるためには、

「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定」

が必要だとしています。

 労働基準法39条6項は、

「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定」

により、年次有給休暇を計画的に付与すること(年間5日を超える部分いについて、有給休暇を付与する時期を使用者が定めること)を認めています。

 労働基準法90条1項は、就業規則の作成や変更にあたり、

「当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見」

を聴取しなければならないとしています。

 このように、労働関係法令では、過半数組合や過半数代表者に重要な役割が与えられています。

 しかし、労働組合の組織率の低下に伴い、過半数組合は、存在する企業の方が少なくなっています。平成30年12月27日に公表された独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によると、労働組合のある事業所の割合は12.6%にすぎません。過半数組合のある事業所は更に少なく、全体の8.3%でしかありません。

https://www.jil.go.jp/institute/research/2018/186.html

 過半数組合は存在する事業所の方が少数派であることから、多くの事業所では労使協定や意見聴取を過半数代表によって行っています。

 しかし、法律相談を受けていると、この過半数代表のシステムが形骸化していると感じることが少なくありません。

 近時公刊された判例集にも、不適切な形で過半数代表者の仕組みが使われていた事例が掲載されていました。

 東京高判令元.10.9労働判例1213-5 シェーンコーポレーション事件です。

2.シェーンコーポレーション事件

 本件は、有給休暇の計画的付与の場面で、過半数代表者の仕組みが適切に使われていなかった事件です。

 本件で被告となったのは、外国語学校を経営等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、期間1年間の有期労働契約を締結して、英会話講師として働いていた方です。有期労働契約の始期は平成27年3月1日からで、本件紛争が発生するまでの間に1回更新されていました。

 本件で争点となったのは、無許可欠勤等を理由とする平成29年2月28日付けの雇止めの有効性でした。原告の欠勤が無許可欠勤に該当するか否かを判断するにあたり、有給休暇の計画的付与が適切に行われていたのかが問題となりました。

 裁判所は、次のように述べて、過半数代表者との間で適式な労使協定が結ばれたとはいえないとして、使用者による有給休暇の時季の指定を否定しました。

 結果、従業員は自由に有給休暇の時季を指定することになるから、欠勤を正当な理由のない欠勤と認めることはできないとして、雇止めの効力を否定し、原告からの地位確認請求等を認容しました。

(裁判所の判断)

「労働基準法39条1項及び2項により被控訴人(一審被告 括弧内筆者)が控訴人(一審原告 括弧内筆者)に与えなければならない法定年次有給休暇は、平成27年9月1日からの1年間について10日、平成28年9月1日からの1年間については11日である・・・。そして、有給休暇は、原則として、労働者の請求する時季に与えなければならないこととされている(同条5項本文)。」

「もっとも、同条6項の要件を満たす労使協定があれば、年間5日を超える部分については、与える時季を使用者が定めることができる。しかし、弁論の全趣旨によれば、平成28年10月までにそのような労使協定が結ばれたことはないと認められる。また、同月に結ばれた10月労使協定・・・についても、労働者側の講師代表3名は講師以外の従業員の代表ではなかった上、事業場である学校ごとに選ばれたものではなく、複数校をまとめたエリアごとの代表であったから・・・、事業場の労働者の過半数を代表する者(労働基準法39条6項)に当たるとはいえず、したがって、労働基準法39条6項の要件を満たす労使協定とはいえない。」

「そうすると、控訴人に与えられた法定年次有給休暇について、その時季を被控訴人が指定することはできず、控訴人を含む従業員が自由にその時季を指定することができたというべきである。」

(中略)

「なお、被控訴人は、計画的有給休暇制度は全ての従業員講師から同意を得ていると主張するが、仮にそうだったとしても、そのことは以上の判断を左右するものではない。

3.いい加減な過半数代表は許されない

 条文の文理上、過半数代表は事業場の労働者の過半数を代表するものでなければなりません。

 講師以外の事務職を除外することはできませんし、事業場を超えた単位で選出できるわけでもありません。

 また、労働関係法令は個々の労働者と使用者との間には埋めがたい力格差があることを前提として成り立っているため、個々の労働者から個別に同意を取り付けたところで、過半数代表との間で協定を結ぶプロセスを省略できるわけではありません。

 本件の被告は、労使協定が存在しない時期に、

「計画的有給休暇制度について、就業規則や雇用契約書の他に、ガイドラインやオリエンテーションにおいて確認し、講師用カレンダーを通じて具体的な時期を明らかにし、計画的有給休暇制度が有効なものとして運用していた」(青字部分は高裁の改め文の嵌め込み)

ようですが、高裁は所掲のような運用はダメだと、わざわざ念押しして判示しています。

 健全な企業運営には、使用者と労働者のパワーバランスが均衡していることが必要です。労働組合の組織率が低下して、均衡をとることが難しくなっている中、裁判所は、法が要求する過半数代表の方式をラフに考えることはできないと判断したのではないかと思います。

 過半数代表の要件をあまり厳格に考えていない、いい加減な過半数代表のもとで労務管理をしている企業は少なくないと思います。

 しかし、こうした労務管理の在り方は、法的措置によって是正できる可能性があります。

 知らないうちに代表が選出されていた、選んだ覚えのない人が代表になっていたなど、疑問をお感じの方は、一度、弁護士に相談してみると良いと思います。