弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不明確な服務規律への違反を理由とする懲戒処分の有効性

1.服務規律の明確性の問題

 就業規則を見ていると、懲戒事由が「服務規律に違反する行為」といったように漠然とした形で規定されていることが少なくありません。こうした場合、「服務規律」自体も抽象的であったり不明確であったりすると、ケチをつけようと思えば何でもケチをつけることができます。

 こうした明確ではない服務規律への違反を理由とする懲戒処分が問題視された裁判例が近時の公刊物に掲載されていました。名古屋地判令元.7.30労小津判例1213-19 学校法人南山学園(南山大学)事件です。

2.学校法人南山学園(南山大学)事件

 本件で被告になったのは、大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告で大学教授を務めていた方です。

 懲戒処分(譴責)を受けたことを理由に定年後再雇用を被告から拒否されたため、原告が雇用契約上の地位の確認等を求めて被告を訴えたのが本件です。本当に譴責処分を根拠付ける事由があったのかといえるかどうかなどが争点となりました。

 譴責処分の原因となった事実の一つに、

「B1専攻の専攻会議でG教授の懲戒案件を扱うことから、会議の運営の適切性やG教授との婚姻関係にあるH教授の会議出席の権利に十分に配慮せずに、他の教員とは異なる取扱いをし、また、他の教員に対するのと同じタイミングで専攻会議の開催案内をしなかったこと」

がありました。

 要するに、学内の専攻科の会議でG教授の懲戒案件を扱うにあたり、G教授と身分的な利害関係のあるH教授に対し、他のB1専攻と同じタイミングで開催案内をしなかったり、会議での退席を求めたりしたことが、H教授の会議出席の権利を侵すものであり問題だというものです。

 しかし、被告では、

「専攻会議への教員の出席権、開催通知の方法・時期のいずれについても明文」

がありませんでした。

 そこで被告が服務の根拠として用いたのが、専攻主任(原告)について

「研究科長を補佐して、当該研究科専攻の学務をつかさどる」

と定めている規定でした(南山大学管理職制17条)。

 被告は、南山大学管理職制17条から、根拠規程や慣例のない場合の対応については、上長である研究科長や執行部に相談する義務が導かれるところ、原告はこれに違反したのだと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、服務規律違反を否定しました。

(裁判所の判断)

「慣例(専攻会議において、独立した教員の地位を有する家族に関する事柄が議題に挙がった場合に当該教員が退席する慣例 括弧内筆者)があるとまでは認められないものの、原告は、本人尋問において、教授の子息の修了判定について議題に挙がった際に当該教授が退席したケースを参考にして、H教授に退席を求めた旨供述している。」

「また、原告は、H教授に対し、他の教員にメールで正式な開催通知を送った1時間後には電話で連絡をとり、直接面談し、その際、退席を求めつつも、冒頭もしくは書面での意見表明を提案した上で、最終的にH教授の希望した冒頭での意見表明を受け入れるなど一定の配慮をしている。」

「それにもかかわらず、被告が原告において相談すべきであったと主張するL研究科長が、H教授に臨時専攻会議への出席を思い留まるように働きかけたため、最終的にH教授は欠席するに至っている。」

「これらに鑑みると、原告がH教授に対してとった行動についての裁量の逸脱・濫用は認め難く、『服務規律に違反する行為』があったとは認められない。

(中略)

「被告は、懲戒事由該当性について、調査委員会や懲戒委員会の判断を尊重すべきである旨主張するけれども、調査報告書・・・、懲戒委員会の報告書・・・、懲戒委員会の記録・・・を精査しても、調査委員会や懲戒委員会において懲戒事由該当性(特に行為時における規範の明確性の観点)について厳密な検討がされたとは評価できない。

3.声の大きい人に雷同するような形だけでの議論では意味がない

 本件では、上記のほか、懲戒処分の相当性を議論する場面でも、

「平成28年10月4日の第5回懲戒委員会においては、訓戒が6名、譴責が2名、減給がC学長も含む2名であったところ3分の2以上の賛成がないとして続行とされたが、

1週間後の同月10日の第6回懲戒委員会においては、譴責がC副学長を含む6名、訓戒が3名、減給1名と譴責と訓戒が逆転し、

C副学長がそれでも3分の2以上の賛成がないので決まらないと発言したところで、訓戒の1名が訓戒に拘らないとして譴責に意見を変え、その時点で3分の2以上に達したとして直ちに議論が打ち切られている。

「このような審理経過、・・・懲戒原案については、出席議員の全会一致を原則とする旨定められていること、譴責処分であっても再雇用の欠格事由となることに鑑みると、十分な審議を経た上で原告を譴責処分と判断したという被告の主張は信用できない。」

「したがって、仮に懲戒事由があるとしても、本件処分は、懲戒事由との均衡を欠いた不相当なものであり、無効である。」

と判示されています。

 委員会などと銘打ってはいても、有力な人の鶴の一声によって意思決定されてしまう会議体は、決して少なくないように思います。

 しかし、懲戒処分は出される側にとっては、処分の軽重は関係なく非常に切実な問題として受け止められます。本件のように、懲戒処分歴が定年後再雇用の可否と結びつけられている場合には猶更です。

 懲戒処分の可否、量定を議論する会議体を構成する方は、そのことを強く自覚し、自分の意見にある程度は拘りを持つ必要があるのだと思います。考えを改めるだけの実質的な理由もなく、拘りがないからとの理由で多数派の意見に鞍替えするようなことは、許容されるべきではないのだろうと思います。

 行為時における規範の明確性の観点から厳密な検討がなされたとは評価できないと裁判所から批判されている点も、より以前の段階で引き返す機会があったのではないかと思います。調査委員会では「欠席を促すことの妥当性に疑問がある。もっとも、将来的には、婚姻関係にある教員について、特別の対応を決定することも全く考えられない。」との指摘があったようですが、その問題意識が結論に反映されなかったのは、実質的な議論が行われていなかったからではないかと推測されます。

 議論された形は整っていても、議事録等の記録を精査して行くと、実質的な討議・検討が行われたと言えるのか否かが微妙なケースは相当数存在します。

 結論ありきで懲戒処分が出たのではないか、そうした釈然としない思いをお抱えの方は、弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。