弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

防衛大学校の学生は安全配慮義務の履行補助者か?

1.防衛大学校の学生

 私立大学の学生が大学の学生に対する安全配慮義務の履行補助者だと聞くと、違和感を覚える人は少なくないと思います。法的にも、そのような理解は、一般的ではないと思います。

 それでは、私立大学ではなく、防衛大学校の学生はどうでしょうか。

 防衛大学校の学生と国との関係は「公法上の法律関係」であると解されています。

 具体的に言うと、

「防衛大学校における学生の在学関係は、私立大学におけるように契約によって生じるものではなく、一般国立大学と同様に行政主体の行政処分(入学許可)により生ずる公法上の法律関係であると解するのが相当である」
「国は防衛庁の機関として防衛大学校を設置し、これに学生を入学させることにより学生に対し施設等を供与し、防衛大学校規則に定めるような所定の教育訓練を施す義務並びに防衛庁職員給与法により学生手当及び期末手当を支払う義務を負い、他方学生は大学校において教育訓練を受けるという関係にある

と理解されています(東京地判平4.4.28判例タイムズ796-107参照)。

 つまり、給与を受け取って、その代わりに教育訓練を受ける義務を負うといったように、学生でありながら公務員や労働者に類似した立ち位置にいます。

 また、自衛隊法施行規則40条には「服務の宣誓」という表題が付せられており、そこには次のとおり書かれています。

(自衛隊法施行規則40条)

 学生又は生徒となつた者は、次の宣誓文を記載した宣誓書に署名押印して服務の宣誓を行わなければならない。
  宣 誓
 私は、防衛大学校学生(防衛医科大学校学生又は陸上自衛隊高等工科学校生徒)たるの名誉と責任を自覚し、日本国憲法、法令及び校則を遵守し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、知識をかん養し、政治的活動に関与せず、全力を尽して学業に励むことを誓います

 要するに、防衛大学校の学生にとって、学業に励むことは権利というよりも服務だということです。

 こういう立ち位置からすると、防衛大学校の学生に限って言えば、既に上意下達のシステムの中に組み込まれており、組織が負う義務(安全配慮義務)の履行補助者だという理解も、成り立たない話ではなさそうに思います。

 では、防衛大学校の学生は安全配慮義務の履行補助者だと言えるのでしょうか。

 学生が安全配慮義務の履行補助者だといえるかどうかは、学生間のいじめで被害者が出た時に影響が生じます。履行補助者だと言えればダイレクトに安全配慮義務違反であると言えるのに対し、学生が履行補助者だと言えなければ学生自身の問題というよりもむしろ教官による学生の管理に問題がなかったのかが問われることになります。

 この問題が議論された事件に、福岡地判令元.10.3労働判例ジャーナル94-56国・法務大臣(防衛大学校事件)があります。

2.国・法務大臣(防衛大学校事件)

 これは学生間でのいじめが問題になった事件です。上級生らのいじめにあって防衛大学校を退学した学生が原告となり、安全配慮義務違反を理由に国に損害賠償請求を行いました。いじめの内容は、

陰毛に消毒用アルコールを吹きかけられ、ライターで火を点けられる、

起床の際に起こさなかったことを理由に上級生から手拳で頬を殴られる、

陰部を掃除機で吸引されるなど、

かなり悪質性の高いものでした。

 裁判所は、次のとおり防衛大学校の学生は安全配慮義務の履行補助者ではないと判断し、個々の教官との関係において安全配慮義務違反は認められないとし、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「被告は、幹部自衛官となるべき者の教育訓練を行うため、防衛省に防衛大を設置し、学生に対し、学生舎等の施設を供与し、学生手当等を支給した上、教育訓練を実施するとともに、学生舎生活を営ませているのであるから、被告と防衛大の学生は、特別な社会的接触関係にあり、被告は、信義則上、防衛大の学生の教育訓練及び学生舎生活を管理するに当たって、学生の生命、身体及び健康に対する危険を具体的に予見し、その予見に基づいて危険の発生を未然に防止するため、学校の体制や組織を適切に整え、教育訓練及び学生舎生活を含む学校生活全般において生じる危険を防止する上で特に必要な注意をする義務を負う。」
「そして、防衛大においては、学生の指導のため、総括首席指導教官、首席指導教官(大隊指導教官)、次席指導教官(中隊指導教官)及び指導教官(小隊指導教官)が置かれ、これらの教官により、学生への指導監督がされていたほか、学生隊、各大隊、各中隊及び各小隊において所属隊の指揮等の任務を行う学生隊学生長、大隊学生長、中隊学生長及び小隊学生長に対しても指導監督がされていた・・・から、これらの教官が被告の安全配慮義務の履行補助者として、個別の事態に対して、安全配慮義務を負っていたということになる。

「これに対して、学生の間では、学生間指導として、学生隊学生長、大隊学生長、中隊学生長及び小隊学生長のほか、各大隊、各中隊、各小隊に配置される週番学生が、日課週課の遂行、学生隊の規律の維持等に当たるという体制を執っている・・・ものの、学生が行う作業指揮や規律の指導は、防衛大の教育訓練の目的を達成するため、自主自律の精神の下、自己修練の一環として行うものであり、法令に基づき一定の権限を行使する行為である自衛隊における指揮とは異なり、強制を伴うものではなく・・・、飽くまで上記目的を達成するための実践ないし修養の場というものにすぎないのであり、学生らは被告の業務を管理、支配する立場にもないから、これら学生をもって、被告の安全配慮義務の履行補助者ということはできない。

3.大学校内でのいじめ事件を処理するうえでの留意点

 上述のように、防衛大学校の職員は給与をもらっている立場にはいますが、その法的地位は公法上の法律関係という以上に明確な立場を持っていません。

 しかし、給与をもらっているからといって、任用者である国の履行補助者だと思い込むと判断を誤ることになりかねません。

 防衛大学校の学生間でのいじめが問題になった事件を扱うにあたっては、当の学生がハラスメントへの該当性は知っていたのだからというだけでは足りず、個々の教官との関係での安全配慮義務違反を探求して行くことになります。

 この領域を普段からフォローしている弁護士の数はそれほど多くないと思います。

 もし、お困りのことがありましたら、一度ご相談をお寄せ頂ければともいます。