1.就労実体の偽装
種々の理由から、会社経営者が就労実体の偽装に手を貸すことがあります。
ここで、手を貸したはいいものの、偽装であったはずなのに、偽装のために発行された給与明細書等をもとに労働契約が成立したとして、賃金を請求されることがあります。
自業自得といえばそれまでですが、そうした事案が近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判平31.4.18労働判例ジャーナル93-48・アッテムホーム事件です。
2.アッテムホーム事件
この事件で被告になったのは、内装工事等の事業を営む株式会社です。
原告になったのは、元受刑者(覚せい剤取締法違反)で仮出所の翌日に被告会社との間で労働契約を締結したと主張する方です。労働契約が締結されたことを理由に未払賃金を請求する訴訟を提起しました。労働契約が締結された根拠としては、給与明細等を書証として提出しました。
これに対し、被告は、
「原告との間で労働契約を締結した事実は否認する。」
「 被告代表者は、仮出所となった原告の身元引受人となり、原告を自宅に住まわせて生活の面倒をみていたところ、原告からサラ金などで借金をする目的で、所得があるようにみせるため、虚偽の給与明細書等を作成して、雇用関係があるかのように偽装してほしい旨頼まれ、これに応じたにすぎない。」
と労働契約の成立を争いました。
裁判所は次のとおり判示し、労働契約が締結された事実を認めず、未払い賃金に係る請求を棄却しました。
(裁判所の判断)
「原告は、被告との間で、平成28年10月4日、賃金額を月額40万円とする労働契約を締結したと主張し、確かに、被告は、原告の主張に沿う内容の給与明細書を作成している。しかしながら、同給与明細書は原告が刑務所に服役し、労務を提供することができない時期についても作成されており、給与として金銭の支払がなされたことは一度もないこと・・・、原告自身も、被告との間で給料をどうするかという話は一切なく、実際に現場で仕事をしていない以上は賃金が発生していないという認識であると述べていること・・・からすると、賃金月額40万円の支払約束の下に、労務を提供する旨の合意が存在するとは認められず、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。」
「したがって、原告と被告との間で、賃金を月額40万円とする労働契約が締結されたとの原告の主張は採用できない。」
3.余計なトラブルに巻き込まれないためには、不正に手を貸さない方が良い
アッテムホーム事件では、賃金の支給実体が全くなかったり、受刑期間中にも給与明細が存在していたりしたことから比較的労働契約締結の事実を否定し易かった事案ではないかと思います。
ただ、もう少し手の込んだ偽装工作がされていたら、どのような結果になっていたのかは分かりません。
不正に加担するように持ち掛けてくるのは大体碌なものではありません。
不正に加担したことをネタにゆすられたり、偽装したはずの外観を真正なものだと言い張られて権利主張の種にされたりするのが関の山です。
どれだけ気の毒に見えたとしても、不正行為に加担して欲しいとの要請は、毅然とした態度で断ることが必要です。