1.複数件の職場内不倫等が問題となった解雇事件
職場内不倫等を理由とする懲戒解雇の効力が問題となった事件が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.6.26労働判例ジャーナル93-36・マルハン事件です。
職場内不倫の懲戒解雇事由への該当性、特段注意されていなかった問題行動を懲戒解雇の場面で殊更に掘り返すことの適否に関する最近の裁判所の考えが端的に表れており、実務上の参考になるように思われます。
2.マルハン事件
本件で被告になったのは、全国で多数のパチンコホールを経営する株式会社です。
原告になったのは既婚者の従業員で、店長等の管理職を歴任していた方です。店長として勤務していた時代に複数の部下らに対してセクシャルハラスメント等を行ったとして、懲戒解雇処分を受けました。これに納得できず、地位確認等を求めて被告を訴えたのが本件です。
被告は懲戒解雇事由として、10個の出来事を掲げました。
しかし、裁判所は被告の主張を退け、原告の地位確認等の請求を認めました。
セクハラや不倫、長らく注意されてこなかった問題行動に関する裁判所の考え方は次のとおりです。
(裁判所の判断)
(1)同僚P18との不倫
「原告について、平成20年頃にP18氏と三回ほど男女関係を持ったという争いのない事実を超えて、その後もP18氏に対してキス等を強要したり、執拗に連絡・接触を取り続けたりしたといった事実を認めることはできない。」
「そうすると、原告にP18氏に対するセクシャルハラスメント等・・・があったということはできない。また、原告が平成20年頃にP18氏と三回ほど男女関係を持ったことにより、職場内に具体的にいつどのような悪影響が生じたのかも明らかではないものの、仮に職場内の風紀秩序を乱した・・・といえるとしても、『情状悪質なとき』・・・として懲戒解雇事由に当たるということはできないことが明らかである。」
(2)同僚P28との不倫
「原告は、これまで店長として、従業員間の不倫関係や男女関係のトラブル等の職場内の風紀秩序を乱す行為について指導する立場にあり、現に指導を行ってきたものであるところ、そのような原告がP28氏と不倫関係にあったことにより、職場内の風紀秩序が一定程度乱されることは否定できないものである。もっとも、原告がP28氏と不倫関係にあったことにより、職場内に具体的にいつどのような悪影響が生じたのかは明らかではなく、その行為自体の内容からしても、原告がこれまでP28氏との不倫関係を否定し、P28氏に対して、被告に原告との不倫関係を伝えることのないように依頼していたことなど被告が指摘する諸事情を考慮しても、懲戒解雇事由に当たるということはできない。」
(3)同僚P17との不倫
「原告は、これまで店長として、従業員間の不倫関係や男女関係のトラブル等の職場内の風紀秩序を乱す行為について指導する立場にあり、現に指導を行ってきたものであるところ、P17氏とP29氏が交際していることを認識しながら、しかも自身が既婚者であるにもかかわらず、P17氏と一泊二日の温泉旅行に出かけたもの(なお、原告は、P17氏と温泉旅行に出かけ同室に宿泊することについて、妻から事前の承諾を得ていた旨を供述するが、原告の妻がそのような承諾をするとはにわかには考え難く、同供述を直ちに採用することはできない。)であって、軽率な行動であるといわざるを得ず、同行動により職場内の風紀秩序を乱したことは否定できない。もっとも、・・・、上記の温泉旅行がP17氏との以前からの約束によるものであり、P17氏の希望によるものであったといった経緯等からすれば、・・・P17氏と温泉旅行に出かけたことが発覚した後のP29氏に対する対応等を考慮しても、『情状悪質なとき』(本件懲戒規程第6条第27号)として懲戒解雇事由に当たるということまではできない。」
(4)長らく注意されてこなかった問題行動への評価
「そもそも、本件懲戒解雇は、被告の関東営業部第一営業部の部長であるP43氏が、平成29年8月に、被告の人事部に対し、被告の役職者らの間で原告とP17氏の不倫関係の写真が出回っている旨を伝えたことをきっかけとして行われたものであり、同月までの間は、平成25年のP18氏からの通報の件や平成28年のP28氏との不倫関係の件を除き、被告において、原告の問題行動を把握し、特段の注意等を行うこともなかったもの・・・であるが、仮に原告の言動により職場や他の従業員らに被告が原告の懲戒解雇を検討するまでの重大な悪影響が生じていたのであれば、被告が指摘する店長の権限の大きさ等を考慮しても、考え難い経過であるといわざるを得ない。」
3.長らく問題視されていなかった古い事実を掘り起こしたところで結論に影響はない
数日前に、古い事実を掘り起こしてまで大量の解雇事由を主張したところで、そのような訴訟活動は有効とは思えないとの記事を書きました。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/12/26/012114
本件もその亜種として位置づけられるのではないかと思います。
企業秩序を侵害するよう問題行動は、認知されたらすぐに問題視されていて然るべきです。長らく問題視されていなかった事情を後になって掘り返し、企業秩序が侵害されたと主張したところで無理があるのだと思います。企業秩序への具体的な被害を記述しにくい単なる不倫のような出来事であれば猶更です。
解雇の効力を争点とする訴訟が長期化し易い理由の一つとして、使用者側からしばしば大量の解雇事由が主張されることがあります。本件裁判例が示したような経験則が広く採用され、長らく問題視されていなかった事情を掘り返すことへの消極的な対応が定着すれば、訴訟はより使いやすい仕組みになるかも知れません。