弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

法内残業の労働時間の切捨合意は適法か?

1.労働時間の切り捨て合意

 残業には二つの種類があります。法内残業と法外残業です。

 法内残業とは法定労働時間の枠内に収まっている残業のことです。所定労働時間が法定労働時間よりも少ない場合に発生します。

 これに対して、法外残業とは法定労働時間(1日8時間・1週間40時間 労働基準法32条参照)を超える残業をいいます。

 法外残業に対する残業代の支払義務はかなり厳格です。裁判例の中には、

「原告らの就業時間外における労基法上の労働時間は、出勤1回あたり合計80秒(出勤点呼及び就業場所への移動が60秒、退社点呼が20秒)と認められる」

と秒単位で残業代を計算したものもあります(東京地判平14.2.28労働判例824-5東京急行電鉄事件参照)。

 法外残業に対して残業代を支払わなければならないことは労働基準法上の義務とされています(労働基準法37条参照)。残業代の計算にあたり労働時間を切り捨てることを合意したところで、そのような合意に効力が認められることはありません(労働基準法13条)。

 それでは、法内残業に対してはどうでしょうか。合意により法内残業について残業代を払わなかったり、労働時間の切り捨て処理をしたりすることは許されるのでしょうか。

 この点について触れた裁判例が、近時の公刊物に掲載されていました。名古屋地判平31.2.14労働経済判例速報2395-7桑名市事件です。

2.桑名市事件

 本件で原告になったのは、開業医の方です。

 被告になったのは桑名市です。

 桑名市は、診療所で行う診療業務の一部をC医師会に委託していました。これによりC医師会は診療業務を行う当番医を確保する義務を負い、医師会所属の医師を代理して桑名市との間で労働契約を締結していました。

 桑名市と医師との間で締結されていた労働契約では、日曜・祝日の所定労働事案が5時間30分、平日・土曜の所定労働時間が2時間と定められていました。

 このような事実関係のもと、桑名市は15分未満の超過勤務時間を切り捨てて残業代を計算していました。本件は、こうした扱いを問題視した原告が、残業代の支払等を求めて被告を訴えた事件です。

 裁判所は、次のように述べて、超過勤務時間の切り捨て処理を違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

-切捨処理の適法性について-

「本件当番勤務は、日曜・祝日の所定労働時間が5時間30分、平日・土曜の所定労働時間が2時間であるところ、・・・原告の超過勤務時間は・・・長くても1時間であるから、法定労働時間を超える時間外勤務をしたとはいえない。」

「しかしながら、使用者は、法定内の所定労働時間を超える労働であっても、労働をした以上、労働者に対してその対償である賃金を全額支払わなければならないと解され(労基法24条1項)、本件契約において、原告と被告との間で15分未満の超過勤務時間を切り捨てる処理について合意されたと認められる証拠はないのであり、被告における15分未満の超過勤務時間を切り捨てて超過勤務手当を支払うという取扱いは、労基法24条1項に反し、許されないものといえる。」

-不法行為の成否について-

15分未満の超過勤務時間を切り捨てて超過勤務手当を支給するという取扱いは労基法24条1項に違反しているが、本件契約の解釈の問題でもあり、本件については法定の労働時間を超える時間外手当の支給の問題ではないことなどからすれば、不法行為法上の違法性があるとまでいうことはできない。」

3.法内残業の労働時間の切捨合意は許容される?

 この判決からは、法内残業の労働時間の切り捨てについて、合意があれば許容されるのか、合意があっても労働基準法24条1項(本文:賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。)との関係で許容されないのかが判然としません。

 直観的に言うと、働いたのにその対償が支払われないとする合意を労働者が好きこのんでするとは考えづらく、そのような合意に効力が認められるかは疑問ですが、標記のような裁判例が存在することは、法内残業の残業代請求の可否を判断するにあたり、考えておかなければならないことだと思われます。