弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

鬱病の従業員への対応-心理的負荷を与えてはダメ・程度の低い業務しかさせないのもダメ

1.メンタルヘルスの問題は誰にでも生じ得る

 厚生労働省が、

「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き~メンタルヘルス対策における職場復帰支援~」

というリーフレットを公刊しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055195_00005.html

 このリーフレットの冒頭には、

「職業生活等において強い不安、ストレス等を感じる労働者は約6割に上っており、また、メンタルヘルス上の理由により過去1年間に連続1か月以上休業した労働者の割合は0.4%となっており、事業所規模が大きくなるほどその割合は高くなっています。このような状況の中、心の健康問題により休業する労働者への対応は、事業場にとって大きな課題となっています。」

と書かれています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000561013.pdf

 1か月以上休業した労働者の割合こそ0.4%に留まっていますが、強い不安、ストレスに晒されている労働者は約6割と高い割合を示しています。メンタルヘルスの問題は誰にでも降りかかる可能性のある問題ですし、メンタルに問題を抱えた方との付き合い方に関する知見は、今後、ある程度は誰もが持っていなければならないものとして位置づけられて行くのではないかと思います。

 近時公刊された判例集に、鬱病を抱えた従業員への対応を考えるうえで、目を引く裁判例が掲載されていました。

 札幌地裁令元.6.19労働判例1209-64食品会社A社(障害者雇用枠採用社員)事件です。

2.食品会社A社(障害者雇用枠採用社員)事件

(1)事案の概要

 この事件で被告になったのは、牛乳、乳製品、菓子及び食品の製造販売等の事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告で勤務していて自殺した従業員の親御さん達です。

 自殺した従業員亡Aは、被告での勤務開始当初から鬱病に罹患していました。

 原告らは、亡Aの自殺した原因が上司の心ない発言(亡Aを雇用した理由が「障害者の雇用率を達成するため」である旨の発言)や仕事をきちんとくれなかったことにあるとして、被告に対して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、結論として、原告らの請求を認めませんでした。

 しかし、鬱病を抱えた従業員への対応を考えるにあたり、興味深い注意義務を設定しています。

 注目すべき注意義務は二つあります。一つは心理的負荷を与えることに関する注意義務で、もう一つは与える業務に関する注意義務です。裁判所は、鬱病を発症して心理的負荷に対する脆弱性が高まっている人には心理的負荷を与える言動をしないように注意しなければならないと判示しました。その一方、程度の低い業務にしか従事させない状態を継続させることも基本的にはダメだと判示しました。

 以下、裁判所が設定した注意義務の内容を引用します。

(心理的負荷を与えることに関する注意義務)

「使用者には、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすべきことが求められているところ(労働契約法5条)、亡Aのようにうつ病を発病している者は、心理的負荷に対する脆弱性が高まっており、ささいな心理的負荷にも過大に反応する傾向があること・・・、Cは、亡Aが被告に雇用される前の時点において、亡Aがうつ病にり患していることを認識していたこと・・・からすれば、一貫して亡Aの上司であったC・・・には、亡Aに対する安全配慮義務の一内容として、業務上、亡Aがうつ病にり患している者であることを前提に、そのような亡Aに対して心理的負荷を与える言動をしないようにすべき注意義務を負っていたというべきである。

(与える業務に関する注意義務)

「一般に、使用者側は、雇用する労働者の配置及び業務の割当て等について、業務上の合理性に基づく裁量権を有すると解されるが、労働者に労務提供の意思及び能力があるにもかかわらず、使用者が業務を与えず、又は、その地位、能力及び経験に照らして、これらとかけ離れた程度の低い業務にしか従事させない状態を継続させることは、業務上の合理性があるのでなければ許されない。そして、上記の状態の継続は、当該労働者に対し、自らが使用者から必要とされていないという無力感を与え、他の労働者との関係においても劣等感や恥辱感を生じさせる危険性が高いといえ、上記の状態に置かれた期間及び具体的な状況等次第で、労働者に心理的負荷を与えることは十分あり得るところである。」
「この点について、・・・Cは、亡Aが被告に雇用される前の時点において、亡Aがうつ病にり患していることを認識していたところ、使用者には、障害者基本法上、個々の障害者の特性に応じた適正な雇用管理が求められていること・・・、精神障害を有する者は、ささいな心理的負荷にも過大に反応する傾向があること・・・を踏まえると、一貫して亡Aの上司であったCには、亡Aに対する安全配慮義務の一内容として、亡Aから業務量に関する申出があった場合には、現在の業務量による心理的負荷があるか、あるとしてどの程度のものかなどを検討し、業務上の合理性に基づく裁量判断を経て、対応可能な範囲で当該申出に対応し、対応が不可能であれば、そのことを亡Aに説明すべき義務を負っていたというべきである。

3.上司に課された注意義務は厳しいだろうか?

 心理的負荷を与えてはいけない、かといって業務上の負担を減らしすぎてもいけないとなると、メンタルヘルスの専門家というわけでもない一般の上司としては、かなり難しい舵取りを求められることになりそうに思われます。

 しかし、冒頭で指摘したとおり、今日ではメンタルヘルスの問題が誰に生じても不思議ではないことからすると、こうしたルール設定がされていた方が、働く人にとっては安心かも知れません。

 メンタルヘルスの問題は互換性があります。今現在、メンタルに問題を抱えていない管理職の方も、いつストレスでメンタルに問題を抱える立場になるかは分かりません。高水準の配慮義務が課されることは、配慮される立場になった時に手厚い保護を求める権利を持つことと裏腹の関係にあります。そう考えると、裁判所の判断も、あながち不当とはいえないと思えるかも知れません。

 本判決は控訴されているようですが、高裁でも所掲の注意義務が維持されるのか、注目されます。