弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

揺れ動く暴行の態様・山口氏の供述からの後退(NGT裁判)

1.NGT裁判

 ネット上に、

「【元NGT山口真帆暴行裁判】重要“証拠”開示請求へ 不起訴理由が明らかになる?」

という記事が掲載されていました。

 記事には、

「まさに一進一退の攻防だ。『NGT48』の元メンバー・山口真帆(24)への暴行事件をめぐって暴行容疑で逮捕(不起訴)された男性ファン2人に対して運営会社・AKSが損害賠償を求めた裁判の2回目の弁論準備手続きが25日、新潟地裁で行われた。」

「これまでの裁判で、被告側は山口と事件前から“つながり(私的交流)”があったと主張し『顔をつかむような暴行はしていない』と暴行を否定。数点の物的証拠も提出している。」

「この日の弁論準備手続きでは、AKS側の反論が主で、遠藤弁護士は被告らの反論に対する3点の再反論の書面を提出したことを明らかにした。」

『暴行はしていない』という被告の主張に対して、AKS側は『被告らの供述から押し合いがあったと思われる』とし、ドアの引っ張り合いなどでも『暴行』に当たる可能性を主張したという。

「また、被告らは他のメンバーが暴行事件に関与したとする言動はなかったとしているが、遠藤弁護士は『事件に他のメンバーが関与したごとく供述していた』と反論。」

「たしかに事件直後、山口と被告の1人との会話を録音したデータで、被告は山口に『メンバーに相談し、メンバーに提案されて、やったこと』『こうすれば、まほほん(山口)と話せるよ、と提案された』などと話している。」

「以上2点を踏まえ、遠藤弁護士は3点目として被告らの言動と暴行の間には『因果関係があったと申し上げた』とした。

などと書かれています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191126-00000044-tospoweb-ent

2.揺れ動く暴行の態様、AKSの第三者委員会は山口氏の供述に添う事実を認定したはずではないだろうか

 数日前に、山口氏との関係が良好でないことから、この裁判で真相を究明することは難しいのではないかという趣旨の記事を書きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/11/21/012626

 やはり、山口氏の認識を離れたところで、「真相」なるものが独り歩きを始めたような印象は受けます。

 AKSが公表している第三者委員会の報告書には、山口氏が次のように供述したと書かれています(5頁参照)。

「山口氏は、共用廊下に誰もいないことを確認してから、自分の部屋に入ろうとした。部屋に入ってドアを閉めようとしたところ、誰かが手でドアを押さえて、ドアをこじ開けてきた。山口氏は驚いてその人物の顔を見ると、それは乙であった。乙は、玄関の中に入り、山口氏の顔をつかんで押し倒そうとした。山口氏は、必死で乙を押し返し、部屋から押し出そうとした。山口氏が、もう少しで部屋から乙を追い出し、ドアを閉められそうになった時、向かいの部屋から甲が出てきた。甲は、乙を横によけて、山口氏の顔をつかみ、押し倒そうとしてきた。甲は、山口氏の目と鼻のあたりを親指と人差し指で、山口氏の両こめかみを押さえるような形で顔面をつかんだ。

「山口氏は、しばらく声も出せなかったが、1分後くらいに、『助けて』と共用廊下に向かって叫んだ。すると、甲は、手で山口氏の口を押さえてきた。乙は共用廊下にいた。・・・」

https://ngt48.jp/news/detail/100003226

 また、報告書では第三者委員会が下記の事実を認定したと書かれています(7-8頁)。

「山口氏は、20時40分頃、当該マンション正面玄関に到着し、そのままエレベーターに乗り、山口氏の部屋がある階でエレベーターを降りて、自分の部屋に入ろうとした。そして、部屋に入ってドアを閉めようとしたところ、被疑者らから、顔面をつかむ暴行を受けた。

「暴行の態様について、山口氏は『顔をつかまれ、押し倒されそうになった。』『顔をつかみ、押し倒そうとしてきた。』『目と鼻のあたり、親指と人差し指で山口氏のこめかみを押さえるような形で顔面をつかんだ。』と主張している。この点に関しては、山口氏が『私のこと顔つかんで、顔押し倒してさ入ろうとしてたじゃん。』と発言したことに対し、甲は、『そこまではしていない。』と発言しているものの、山口氏の発言のうち顔をつかんだ点を明確に否定しているものではない。」

「以上を前提とすれば、山口氏は当初から一貫して被疑者らに顔面をつかまれたと述べていること、あえてこの点について虚偽の供述をする必要性がないこと(被疑者らを陥れる目的であれば、より強度の暴行態様を供述することも可能である。)、被疑者らは山口氏のこの点に関する供述を明確に否定していないこと等から、本委員会としては、被疑者らが共謀の上、山口氏に対して、顔面をつかむ暴行を行った事実が認められると判断した。」

 山口氏は一貫して被疑者らに顔面をつかまれたと供述していたようですが、AKS側は「ドアの引っ張り合いでも『暴行』にあたる可能性」があるといった主張をしているとあります。

 顔面をつかんで押し倒そうとするのと、押し合い・ドアの引っ張り合いとでは大分態様や印象が異なるのではないかと思います。

 暴行に係る事実を直接経験した方は、山口氏と被告らだけだと思われます。

 山口氏が裁判の外でどのような発信をしようが、それは裁判での証拠にはなりません。被告らの「顔をつかむような暴行はしていない」との供述のみが証拠として出てくるようだと、被告らの供述に裁判所の事実認定が流れる可能性が出てくるのではないかと思います。

 訴訟での事実認定がどのようになるのかは不分明ですが、暴行の態様が「顔はつかんでいない。ドアを引っ張り合っただけ。」と認定されることがあったとしても、それは絶対的・客観的な真相ではなく、あくまでもAKSと被告との間の訴訟における相対的な真相であることは、きちんと認識されておく必要があるのではないかと思います。

 個人的には、単に真相が分かればいいと思っているのであれば、ドアの引っ張り合いなどでも暴行に当たる可能性があるなどと後退した主張はせず、「顔面をつかむ暴行」が行われた・それが真実だと、自社の依頼した第三者委員会が出した結論をぶつけて行けばよいのではないかと思います。

3.言動と暴行との間の因果関係?

 記事には、

「被告らの言動と暴行の間には『因果関係があったと申し上げた』とした。」

と書かれています。

 しかし、因果関係とは文字通り、原因-結果の関係を意味します。

 所掲の言動が暴行の原因になったということは時間的な順序関係からないでしょうし、暴行が所掲の言動を引き起こしたということも考えづらいのではないかと思います。

 この点は、どのような意味なのか、文意が良く分かりません。

4.不起訴記録の開示に係るルール

 記事には、

「今回の裁判について、『事件の真相究明』と語る遠藤弁護士は『原告と被告の主張に大きく齟齬(そご)がありますので、事件直後の供述を聞きたいということで、検察庁に対して文書をお出ししていただくようにお願いをした』と明かした。」

「一向に真相が明らかにならないNGT騒動。もとをたどれば、男性2人が不起訴処分となり、その理由も明らかにされていないことが大きい。」

「遠藤弁護士が語る『文書を検察庁に出した』とは、『文書送付嘱託申し立てを行った』ということ。これは刑事事件の不起訴理由や供述書など不起訴記録一式を送付することを裁判所から検察庁へ求めるもので、開示されれば事件の真相に近づく。」

「『事件に端を発した一連のNGT騒動は日本中の関心を集めている。不起訴となったことで、臆測が臆測を呼ぶ事態となり、他のメンバーへの殺害予告を含めた脅迫事件まで発生し、逮捕者も出ている。今なお無関係のメンバーには殺害予告を含めた脅迫が後を絶たない。ここまで世間を騒がせた事件だけに、検察庁が応じる可能性はある』(警察関係者)」

と書かれています。

 不起訴事件に係る文書送付嘱託は以下のようなルールのもとで運用されています。

(法務省HPより引用)

第2 民事裁判所から不起訴記録の文書送付嘱託等がなされた場合

1 不起訴記録中の客観的証拠の開示について

前記第1、2、(4)にいう必要性が認められる場合、客観的証拠の送付に応じる。

2 不起訴記録中の供述調書の開示について

 次に掲げる要件をすべて満たす場合には、供述調書を開示する。

(1) 民事裁判所から、不起訴記録中の特定の者の供述調書について文書送付嘱託がなされた場合であること。

(2) 当該供述調書の内容が、当該民事訴訟の結論を直接左右する重要な争点に関するものであって、かつ、その争点に関するほぼ唯一の証拠であるなど、その証明に欠くことができない場合であること。

(3) 供述者が死亡、所在不明、心身の故障若しくは深刻な記憶喪失等により、民事訴訟においてその供述を顕出することができない場合であること、又は当該供述調書の内容が供述者の民事裁判所における証言内容と実質的に相反する場合であること。

(4) 当該供述調書を開示することによって、捜査・公判への具体的な支障又は関係者の生命・身体の安全を侵害するおそれがなく、かつ、関係者の名誉・プライバシーを侵害するおそれがあるとは認められない場合であること。

(以下略)

http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji23.html

 世間を騒がせたかどうかは不起訴記録が開示されるかどうかとは関係がありません。

 暴行の存否は重要な争点だとは思いますが、

録音媒体が存在し、被告の本人尋問、山口氏の証人尋問の可能性がある中、被告・被疑者の調書を、ほぼ唯一の証拠と言うことができるのだろうか、

顔をつかんでいないという被告の主張・供述が、調書の内容と実質的に相反するのか(警察・検察の調書の中でも「顔をつかんでいない」と言っていれば相反はしません。また、調書は話の内容を記録するものなので、そこに書かれていることが客観的な真実であるのかは、また別の問題です。)、

脅迫事件まで起きている中で、調書が開示されることにより、関係者の安全が脅かされることはないのだろうか、

といったところが判断のポイントになってくるのではないかと思います。

5.不起訴理由は言うほど重要だろうか?

 不起訴処分には、

(1)訴訟条件を欠く場合

(2)被疑事件が罪とならない場合

(3)犯罪の嫌疑がない場合

(4)犯罪の嫌疑が不十分の場合

(5)起訴猶予の場合

などがあります。

http://www.kensatsu.go.jp/gyoumu/keiji_jiken.htm

 ざっと見て頂ければ分かると思いますが、不起訴の理由は検察官による評価です。

 事実の認定は証拠によって行うのであり、誰かが述べた意見に対する右にならえでやっているわけではありません。

 参考になる可能性があることまでは否定しませんが、不起訴の理由はそんなに大事なものなのかなという気はします。それよりも重要なのは、検察官が当該評価をくだした根拠・記録に綴られている証拠の類だろうと思います。

6.つながりを主張して不起訴になるか?

 記事には、

「裁判で山口とのつながりを主張している被告。事件後、県警の取り調べでも“つながり”を主張したことで、不起訴処分となったのか――。」

と書かれています。

 こういう発想は法曹にはあまりなさそうな気はします。

 暴行の嫌疑がない、嫌疑が不十分で起訴しない場合、つながりがあるかどうかは関係がありません。

 暴行の嫌疑が十分であることを前提に起訴猶予にする場合も、つながりの存否は関係ないと思います。つながりがあれば暴行は大目に見られて、つがなりがなければ厳しくみるといったようなものではないからです。顔見知りがやろうが他人がやろうが暴行はダメなことです。嫌疑が十分でありながら不起訴になったとすれば、それはつながりの存否とは別のところに理由があると見るのが一般的な発想ではないかと思います。

7.マスコミによる裁判の解説

 本件に限ったことではありませんが、マスコミによる裁判の解説は内容を慎重に吟味することが必要だと思います。

 今回の記事に関して言うと、ざっと見るだけでも、

真相解明がテーマとし設定されているはずの訴訟において、第三者委員会で認定された暴行の態様とAKSの主張がずれている気配があるのに、そのことはあまり気にされた形跡がない、

因果関係という基本的な用語の使い方に不分明な点がある、

裁判に関する報道であるはずなのに、予測(不起訴記録の開示の可否)を述べるにあたり、根拠となるルールとの関係での分析がみられない、

さほど合理的でない勘ぐり(つながりと不起訴との関係)、

などの問題があるように思われます。