弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

医師の労働時間の認定方法と残業代請求-膨大な残業代を請求できる可能性

1.医師の長時間労働問題

 今年の3月29日に厚生労働省から「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」という文書が公表されました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04273.html

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000496522.pdf

 この「報告書」38頁の

「2024年4月とその後に向けた改革のイメージ」

を見ると、現状、病院勤務医の約1割に相当する約2万人の方が、時間外労働の年間時間数1860時間を超える水準にあると書かれています。中には年間3000時間近い時間外労働をしている医師もいるとのことです。

 基発第1063号 平成13年12月12日 改正基発0507第3号 平成22年5月7日「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(いわゆる脳・心臓疾患の労災認定基準)によると、

「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること」

とされています。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-11.html

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf

 また、基発1226第1号 平成23年12月26日 「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(いわゆる精神障害の労災認定基準)には、
「出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。

・・・

なお、出来事の前の恒常的な長時間労働の評価期間は、発病前おおむね6か月の間とする。」

との記載があります。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/090316.html

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118a.pdf

 時間外労働の年間時間数1860時間は、1か月あたりに換算すると155時間に相当します。脳・心臓疾患の労災認定基準、精神障害の労災認定基準のいずれに照らしても、かなり危険な働き方だと思われます。

2.医師の残業代の問題

 そして、医師の方には、長時間労働の実体があるにもかかわらず、適正な残業代の支払いを受けられていない人もいます。

 長時間労働が珍しくない業界であるためか、医師の方からの残業代請求事件は、定期的に公刊物にも掲載されています。

 近時、公刊物・判例データベースに掲載された、東京地判平31.2.8労働判例ジャーナル90-56 社会福祉法人恩賜財団母子愛育会事件 LEX/DB25563219も、医師の残業代請求の可否が問題となった事件の一つです。

3.社会福祉法人恩賜財団母子愛育会事件

 この事件で被告になったのは、病院を運営している社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が運営している病院で勤務している医師の方です。

 残業代が適正に支払われていないとして被告を訴えたのが本件です。

 この事件では、

医師手当の固定残業代該当性、

管理職手当の受給権限:割増賃金の基礎となる賃金の該当性、

実労働時間、

付加金支払義務、

などが争点となりました。

 裁判所は、

「医師手当は固定残業代に該当し、割増賃金の基礎となる賃金には含まれない。」

「原告aには管理職手当の受給権限はないから、原告aは、過去に支払われた管理職手当について、被告財団に対して,不当利得として返還すべき義務を負う。また,管理職手当は、割増賃金の基礎となる賃金に該当しない。」

としながらも、長時間労働の実体を認め、

元金だけで2163万7219円の未払残業代

1806万9744円の付加金

を支払うよう被告に命じました。

4.基礎賃金の高さ、労働時間の長さから膨大な金額を請求できる可能性がある

 社会福祉法人恩賜財団母子愛育会事件で目を引くのは、認容額の高さです。

 固定残業代の論点で負け、受領していた管理職手当は割増賃金の基礎賃金から除外され、それでも2000万円超の未払残業代の請求が認められました。

 公表されいている判決文では、具体的な賃金額や労働時間が記載されている別表が省略されているため、ある程度推測を含んだものにはなりますが、未払残業代がこれほど高額になったのは、元々の賃金が高額であったのと、時間外労働時間が極端に多かったからではないかと思われます。

 判決は実労働時間の認定に関しては、次のとおり判示しています。

愛育病院新生児科の医師は、出勤してから退勤するまでの間、院内連絡用の携帯電話を常に携帯して連絡がとれる状態を維持しており、連絡があった場合には必要な対応を行うこととされている上、医師が必要な休憩時間を取得するための上記携帯電話による連絡のルール等も定められていなかったことからすれば、労働から解放されていたことが証拠上明らかであると認められない限り、出勤してから退勤するまでの全ての時間を労働時間と解するのが相当である。そして、上記認定事実によれば、被告財団は、タイムカードやセキュリティシステムにより従業員の出退勤管理を行うのと併せて、超過勤務命令書によっても従業員の労働時間の管理を行っていたものと認められるところ、タイムカード等の打刻の時刻の一覧表は打刻の時刻が印字される形式となっており、かつ、各従業員が打刻忘れ等を確認するという運用が行われているのに対し、超過勤務命令書については、記載方法についての被告財団からの指導が行われているものの、基本的には従業員が手書きで記入するものであることからすれば、証拠としての信用性は基本的に前者のほうが高く、また上記のとおりの医師の労働実態にも合致するものといえる。したがって、労働時間の認定に当たっては、前提事実記載のとおり当事者間に争いのない時刻以外の時刻について、タイムカード等の打刻の時刻を主とし、これによる特定ができないものについて、超過勤務命令書その他の証拠によって時刻を認定すべきものと解する(なお、いずれによっても時刻が特定できないものについては所定労働時間に係る時刻とする。)。」

 携帯電話でずっと拘束されていたため、出勤時間から退勤時間まで基本全部が労働時間になると判示されています。

 これが長時間の時間外労働時間の認定に繋がっているのではないかと思います。

 付加金というのは、労働基準法114条に根拠のある仕組みで、残業代を支払わなかった使用者に対し、労働者の側からの請求により支払いが命じられるペナルティのようなものです。最大、未払い額と同一額の支払いが命じられます。

 付加金と合わせると、本件では実に4000万円近い高額の請求が認められていることになります。

5.残業代請求をお考えの方へ

 長時間労働をしている医師の方は、残業代を計算してみると、膨大な額になる可能性があると思います。

 残業代の事項は2年間と短いため(労働基準法115条)、請求をお考えの場合には、できるだけ速やかに法的措置をとって行く必要があります。

 請求を検討している方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。