弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

全員参加型労働者主権主義を基礎とする共同体?(全員が経営者なら労働法を無視できる?)

1.取締役に就任させることを利用した脱法スキーム

 会社法330条は、

「株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。」

と規定しています。

 これに着目し、実体は労働者であるのに、名目上、これを取締役(役員)にして、労働基準法を始めとする各種労働法の規制を免れさせようとするスキームがあります。

 雇用されている労働者ではなく、委任契約で規律されている取締役であるから労働法の適用を受けないというロジックです。

 しかし、このようなロジックは、かなり昔からその有効性を否定されています。

 例えば、東京地判昭60.2.4労働判例451-85山徳商店事件は、

「被控訴人は、取締役としての地位のほかに、労働者としての地位をも有しており、その受領していた給料は労働者としての地位に基づくものが相当であるから、取締役としての地位にあったからといって解雇予告手当の請求権を失うものではない。」

といったように取締役の労働者性を認めています。

 労働契約は必ずしも民法上の雇用契約と概念的に一致するものではありませんし、従業員兼務取締役の存在が一般に承認されていることからしても、「取締役だから・・・」という形式論が通用しないことは明らかです。

 そのため、今更驚くようなことではないのですが、近時、この亜種といえるような主張の適否が争われた裁判例が公刊物に掲載されていました。

 大阪地判令元.5.30労働判例ジャーナル90-24類設計室事件です。

2.類設計室事件

 この事件の被告は、「類塾」の名称で学習塾を運営している株式会社です。

 原告は被告に正社員として採用され、類塾の講師として働いていた方です。

 原告が、被告に対して、未払の時間外割増賃金等の支払を求める訴えを起こしたのが本件です。

 本件では原告の労働者性が争点となりました。

 ここで被告が展開したのが、「全員参加型労働者主権主義を基礎とする共同体」理論です。

 被告が展開したのは、以下のような主張です。

(被告の主張)

「原告は、以下のとおり、被告の指揮監督を受ける者には該当せず、労働者にはあたらない。」
「被告は、法的形態は株式会社ではあるものの、その体制は、通常の株式会社とは異なり、メンバー全員参加により、全員一致でその決定を行う劇場会議を最高決議機関とする全員参加型労働者主権主義を基礎とする共同体である。
被告におけるメンバーは、被告の株主・取締役を中心とするが、参加後間もなく、形式的に被告の株式を取得せず、取締役に選任されていないが、入社時に被告の株主・取締役になることを約束していた者もメンバーである。
「劇場会議は、被告における組織及び運営に関するあらゆる事項を決定し得る機関であって、被告では、劇場会議とは別に株主総会や取締役会を開催したことはない。
「被告では、あらゆる決定が、劇場会議の決定に直接基づくか、少なくとも正当性の基礎を劇場会議の決定に置いており、実際の仕事をするメンバーは何もかも他人に決められて活動をする立場にあるわけではない。」
「原告も被告のメンバーの一員として、自らの業務内容等を基礎付ける決定に全面的に参画しうる地位にあり、被告の指揮命令に従うだけの従属労働者だったものではない。」

 被告によるとメンバーは株主・取締役になることが想定されていたとのことです。実際、原告に関しても、株主となる旨記載された書面、取締役への就任を承諾する書面が徴求されていたようです。

 しかし、裁判所は次のように述べて、原告の労働者性を認めました。

(裁判所の判断)

「〔1〕被告の講師は、被告が指定する教室において被告が指定する教科を担当することが指示され、これを拒否することはできなかったこと、

〔2〕講師は、被告が作成したテキストを被告が作成したマニュアルに従って授業を行わなければならなかったこと、

〔3〕被告の講師は、原則として午後2時から午後11時までの間、指定された教室で、各種事務に加えて被告が定めた授業配置表に従って授業を行うとともに、活動記録により毎日の出退社時刻及び活動内容別の活動時間数を本部へ報告することを義務付けられていたこと、被告においては、欠勤、遅刻及び早退を行う場合の申請方法が定められており、事前申請の場合は、本人から上長へ欠勤報告書が提出され、上長が了承すれば、上長から本部へ電話連絡するとともに、1週間前までに欠勤報告書を本部へ提出すること、事後申請の場合は、3日以内に欠勤報告書を本部へ提出すること、欠勤報告書の欠勤理由欄には、『私用』などの曖昧表現は認められないこと、

〔4〕被告の講師は、自己の判断だけで代講者を決めることはできなかったこと、〔5〕原告は、毎月、給与の名目で固定額の基本給及び扶養手当から構成される報酬が支払われていたこと、

〔6〕被告は、講師の報酬について給与所得として源泉徴収を行っており、かつ講師を労働保険の適用対象としていたこと、以上の事実が認められる。」
「以上によれば、被告の講師は、

〔1〕被告の具体的な仕事の依頼、業務従事地域の指示等に対して諾否の自由を有しないこと、

〔2〕被告から業務の内容及び遂行方法について具体的な指揮命令を受けていること、

〔3〕勤務場所・勤務時間に関する拘束性があること、

〔4〕業務の代替性が認められないこと、

〔5〕報酬の労務対償性があること、

〔6〕報酬について給与所得として源泉徴収が行われ、労働保険の適用対象とされていることが認められ、これらの事情から、原告は、労働基準法上の労働者であるということができる。」
被告は、被告が対等な関係にあるメンバーから構成される共同体であり、被告におけるルールは、メンバー自身の決定によるものと同視され、原告が他のメンバーから指揮命令されることはなかった旨主張する。しかしながら、この主張は、メンバーが被告において最高意思決定機関と称される劇場会議の議決に参加していることを主たる根拠とするものと解されるが、劇場会議の議決に参加することと被告の業務遂行上の指揮命令に服することは両立すると考えられるから(被用者が使用者の株式を取得したうえ、株主総会の議決権を行使する場合と同様である。)、劇場会議の議決に参加することをもって、直ちに業務遂行上の指揮命令関係を否定することはできない。そして、上記(2)で説示したとおり、原告は、業務の内容及び遂行方法について被告の具体的な指揮命令を受けていたといえるから、被告の上記主張を採用することはできない。なお、原告が、取締役に就任し、株主となる旨記載された書面(甲1)、原告が株主総会において、取締役に選任され、その就任を承諾する旨記載された書面(乙20)は存するけれども、原告が実際に取締役に選任され、株式を取得した事実を認めるに足りる証拠はない。仮に原告が取締役に選任されていたとしても、労働基準法上の労働者の地位と株主や取締役の地位は、取締役兼務従業員や従業員持株制度の存在が認められていることからも明らかなとおり、それぞれの要件に該当する限り、両立するものであるから、そのことから原告が労働基準法上の労働者でないといえるものでもない。

3.マイルールを設けたところで、法律は捻じ曲がらない

 会社法上、

「定時株主総会は、毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならない。」

とされています(会社法296条1項)。

 また、代表取締役や業務執行取締役は、

「三箇月に一回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならない。」

とされています(会社法363条2項)。

 株主総会や取締役会を開催したことがないといった主張を裁判所で堂々と展開できるところは勇気があるなと思います。

 しかし、法律で定められている株主総会や取締役会といった機関を省略し、従業員全員が参加する「劇場会議」なるマイルールを導入していることを梃子に、「全員が経営者だ」みたいな議論を通用させるのは無理がありすぎるように思います(判決によると、被告は、資本金9900万円、社員数485名と結構な規模ですが、誰も止めなかったのだろうかと不思議に思います)。

 裁判所が指摘しているような事実関係のもとにおいては、原告に労働者性が認められるのは当然だろうと思います。

 マイルールで法律が捻じ曲がることはありません。

 また、労働者性は実体・実質によって判断されるため、労働法はスキームを整えることで脱法できるといった類のルールでもありません。

 違和感のあるスキームを提示されて、労働者ではないといった扱いを受けている方は、勤務先の理屈が本当に法的に正当なものなのか、一度弁護士に意見を求めてみてもよいだろうと思います。

 小規模零細企業であればまだしも、結構な規模であるにもかかわらず、「うちでは株主総会も取締役会も開いたことがない。」などと堂々と言っている会社は危ないです。事業活動の拡大に法令順守が追い付いていなくて、労務管理体制にも問題がある可能性が高いのではないかと思います。