弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ブラック企業での勤務は生死に関わる

1.歯科技工士の自殺

 歯科医院で勤務していた歯科技工士の自殺が問題となった判例が、公刊物に掲載されていました。

 福岡地判平31.4.16労働判例ジャーナル88-16損害賠償等請求事件です。

 この事件では、自殺した歯科技工士の両親が原告となって、子どもが死亡したのは歯科医院での過重労働等が原因であるとして、歯科医院に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求しました。

 裁判所は次のとおり述べて、自殺と過重労働等との因果関係を認め、両親の請求を大筋で認めました。

2.裁判所の判断

亡Dの時間外労働時間は、

〔1〕死亡の1か月前(平成26年3月9日から同年4月7日まで)が145時間47分、

〔2〕2か月前(同年2月7日から同年3月8日まで)が157時間35分、

〔3〕3か月前(同年1月8日から同年2月6日まで)が147時間25分、

〔4〕4か月前(平成25年12月9日から平成26年1月7日まで)が59時間6分、

〔5〕5か月前(平成25年11月9日から同年12月8日まで)が193時間47分、

〔6〕6か月前(同年10月10日から同年11月8日まで)が173時間27分

であり、死亡の4か月前(平成25年12月9日から平成26年1月7日まで)を除き、いずれも145時間を超えている。このような亡Dの労働時間や、前記1(2)で認定した亡Dの労働実態に照らすと、亡Dの業務は恒常的な長時間労働であったといえる。」
「これに加えて、前記1(2)によれば、亡Dは、業務に関し、被告から日常的に叱責されており、死亡する1週間前にも、被告から指示された業務を行っていなかったことについて、叱責されていたことが認められ、死亡前日には、義歯の製作に誤りがあることを指摘され、翌日までに仕上げる必要があったことから、被告歯科医院に残って作業を行っていた。さらに、亡Dは、平成23年1月、被告から、基本給を10万円まで引き下げられていた上、時間外に業務に従事しても時間外労働に対する割増賃金は一切支払われず、被告の妻であるGに依頼されて、金融機関から300万円の借入れまでさせられていた。これらのことからすれば、亡Dには精神的に強い負荷がかかっていたことが推認され、これに反する事情も認められない。」
「また、本件全証拠を検討しても、亡Dに業務外の私生活等において身体的、精神的に強い負荷がかかるような事情があったことを認めることはできない。」
「以上によれば、亡Dは、被告歯科医院における歯科技工士として過重な労働に従事し、十分な睡眠時間や休日を取れなかったために、遅くとも平成26年4月8日にはうつ病を発症し、自殺するに至ったと認められる。」

 3.身の回りで、長時間労働、日常的な叱責、低賃金、残業代なしなどの過酷な労働条件のもとでの勤務を強いられている人を見かけたら

 裁判所では、歯科技工士が悲惨な労働条件のもとで働いていたことが認定されています。月145時間を超える時間外労働の恒常化、日常的な叱責、基本給10万円という極端な低賃金、残業代の不払い、更には借金の強要までが指摘されています。

 こうした過酷な労働条件のもとで勤務を強いられ、十分な睡眠・休日を取れなかったことが鬱病のは発症に繋がり、きちんとした判断ができなくなった歯科技工士は、自殺へと追い込まれました。

 残念ながら、このような悲惨な就労を強いられている人は、本件の歯科技工士の方に限った話ではありません。自殺にまで至るケースはそれほど多くはないにしても、類似した就労環境は、法律相談をしているだけでも散見されます。

 問題の歯科技工士の方は、

「死亡するまで、精神疾患を指摘されたことはなく、精神科を受診したこともなかった。」

とのことです。

 ブラック企業を辞めるのは、適切な知見を持った法律家が関与すれば、それほど難しいことではありません。本件でも、生前に弁護士が関与して問題の歯科医院からの退職をサポートし、医療機関を受診していれば、自殺は防げた可能性があるのではないかと思います。

 ブラック企業での勤務は、言葉通りの意味で、生死に関わる問題です。

 身の回りで、日常的に叱責を受けながら、低賃金での長時間労働を強いられているような方がいたら、大丈夫かどうか注視し、医師や弁護士のもとに行くことを勧めてみても良いだろうと思います。

4.労働時間立証の問題

 なお、ブラック企業と言われるような会社では、労働時間管理が適切になされていないことが珍しくありません。しかし、そうした場合でも、労働時間を立証する方法は探せばみつかることが結構あります。

 本件でも、タイムレコーダーなどの客観的な方法での労働時間管理は行われていませんでしたが、裁判所は次のとおり述べて歯科技工士の方の労働時間を認定しました。

「診療時間外の被告歯科医院における亡Dの労働時間に関し、前記(3)アのとおり、被告は、従業員の労働時間をタイムレコーダー等の客観的資料に基づいて把握していなかった結果、診療時間外における亡Dの労働時間を、タイムレコーダー等に基づいて算出することはできない。もっとも、前記(2)エのとおり、亡Dは、全従業員の中で最初に出勤し、最後に帰宅していたため、被告から被告歯科医院の鍵を預けられ、診療日においては、亡Dが、被告歯科医院の鍵を開けて、警備システムを解除し、業務が終わって帰宅する際には、被告歯科医院を施錠し、警備システムを作動させて帰宅していた。したがって、被告歯科医院の警備会社の警備情報(甲30、31、乙1)による被告歯科医院の開錠及び施錠の記録に基づいて、亡Dの労働時間を推認することができる。

 人の営みには何等かの痕跡が残るのが常です。過酷な勤務を立証する方法は、探せばみつかることがそれなりにあります。

 立証できないと諦めるのは、専門家に相談した後でも遅くはありません。立証方法を考えるのは専門家に任せることとし、先ずは経験した出来事を、そのままの形で聞かせて頂ければと思います。