弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過去の懲戒処分歴を理由に懲戒処分の量定を加重することはどこまで許されるのか?

1.過去の処分歴と懲戒処分との関係性

 一般論として言うと、過去に懲戒処分を受けたことは、次に似たような非違行為を犯したときに、懲戒処分を重くする事情として考慮されます。

 荒木尚志ほか『詳説 労働契約法』〔弘文堂、第2版、平26〕159頁は、懲戒権濫用の判断要素の一つとして位置付けられている労働者側の情状に、

これまでの処分や非違行為歴、反省の有無・態様など」

が含まれるとしています。

 また、最三小判昭52.12.20労働判例288-45四国財務局事件は、国家公務員への懲戒処分の当否が問題になった事案で、

「国家公務員につき懲戒事由がある場合において、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかは、その判断が、懲戒事由に該当すると認められる行為の性質、態様等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、広範な事情を総合してされるべきものである」

と過去の懲戒処分歴が懲戒処分の量定にあたっての考慮要素となることを認めています。

 では、過去に懲戒処分を受けたものの、また同じような非違行為をして懲戒処分を受け、更にまた同じような非違行為をして、といったように非違行為が繰り返されていく場合、際限なく懲戒処分を重くして行くことは許されるのでしょうか。

 公務員の労働事件との関係で、この問題に一定の示唆を与える裁判例が公刊物に掲載されていました。

 東京高裁平31.3.14労働判例ジャーナル88-30東京都教育委員会事件です。

2.東京都教育委員会事件

 この事件は、いわゆる国旗国歌訴訟の一つです。

 この事案では、式典での国旗掲揚、国歌斉唱に関連して懲戒処分歴が積み重なった教員に対し、停職6か月の懲戒処分をしたことの適否が問題になりました。

 この事件で裁判所は次のように述べています。

「不起立行為の動機、原因は、当該教員の歴史観ないし世界観等に由来する「君が代」や「日の丸」に対する否定的評価等のゆえに、本件職務命令〔1〕により求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行動とが相違することであり、個人の歴史観ないし世界観等に起因し、起立行為の性質、態様は、積極的な妨害等の作為ではなく、物理的に式次第の遂行を妨げるものではないという事情によれば、不起立行為に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては、その事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となること、そして、停職処分は、処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における職務の停止及び給与の全額の不支給という直接の職務上及び給与上の不利益が及び、将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ上、本件通達を踏まえて毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していくこと等を勘案すると、上記のような考慮の下で不起立行為に対する懲戒において戒告、減給を超えて停職の処分を選択することが許容されるのは、〔1〕過去の非違行為による懲戒処分等の処分歴や〔2〕不起立行為の前後における態度等に鑑み、学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すること、そのような相当性を基礎付ける具体的な事情が認められるためには、例えば過去の1、2年度に数回の卒業式等における懲戒処分の処分歴がある場合に、これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず、上記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなど、過去の処分歴等が停職処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要する

3.懲戒処分を加重するにも、一定の限界はある

 東京都教育委員会事件で、裁判所は、当該教員の過去の非違行為が単なる不作為に留まらなかったこと(「不起立行為以外の非違行為3回のうち2回は卒業式における国旗の掲揚の妨害と引き降ろし及び服務事故再発防止研修におけるゼッケン着用と研修の進行の妨害といった積極的に式典や研修の進行を妨害する行為に係るものであること」「国旗や国歌に係る対応につき校長を批判する内容の文書の生徒への配布等により2回の文書訓告を受けていること」)などを指摘したうえ、東京都教育委員会が停職6か月を選択したことに裁量の逸脱・濫用はないと判示しました。

 しかし、規範定立の部分で、懲戒処分の加重がどこまで許されるのかという問題に対し、一定の示唆を与えた点は重要なポイントだと思います。

 労働問題に関する相談・事件処理にあたっていると、改善を促すというよりも、退職に追い込もうという目的のもと、些細な非違行為をとらえて懲戒処分を繰り返し、ある程度積み重なったところで合わせ技狙いで解雇したと思われる事案を目にすることがあります。

 しかし、こうした手法にはやはり問題があるのだろうと思います。過去の処分歴を懲戒処分にあたり考慮できるとはいっても、非違行為自体とのバランスから導かれる一定の限界はあるのだろうと思います。

 本来クビにできるような非違行為ではないとは思われるものの、過去の懲戒処分歴を考慮されて解雇された、それが有効な場合も確かにあるのだろうとは思いますが、疑問に思ったら本当に争う余地がないのかは弁護士に確認してみても良いだろうと思います。

 ひょっとしたら、非違行為自体とのバランスという観点から、争える余地が残されているかも知れません。