弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

固定残業代の有効性と社会保険労務士の責任

1.固定残業代の有効性が問題となった事案
 固定残業代の有効性が問題となった事例が公刊物に掲載されていました。大阪地判平31.2.14労働判例ジャーナル88-40ウェーブライン事件です。
2.問題となった固定残業代
 本件で原告になったのは、特大車の運転手です。
 被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする会社です。
 固定残業代との関係では、
① 試用期間中の賃金に残業代を含む合意があったといえるか、
② 能力給及びその他手当が固定残業代であると認められるか、
③ 歩合給及び歩合2手当が固定残業代であると認められるか、
④ 職務給に残業代が含まれているといえるか、
といったことが争点になりました。
 裁判所は次のとおり述べて、いずれの論点についても被告側の固定残業代が含まれている/固定残業代であるとの主張を排斥しました。
① 試用期間中の賃金に固定残業代の合意があったといえるか
「被告代表者も供述するとおり、原告の試用期間中の賃金は、日給1万3000円であったところ(前提事実(2))、雇用契約書上(甲1、2)、中型車の日給(運転時)9000円等、大型車の日給(運転時)1万2000円等の場合の記載はあるものの、1万3000円の場合(原告の供述によれば特大車の場合)については記載されていない。そのほか、被告代表者も、残業代が含まれるという説明はしたと供述するのみで、平成27年7月21日付け雇用契約書(甲2)以前に具体的な金額やその対応する時間を説明したことは窺われない。したがって、試用期間中の賃金に関し、固定残業代の合意があったとは認められない。
② 能力給その他手当が固定残業代であると認められるか
「能力給及びその他手当については、証拠上、その内容を定めたものは見当たらず、その名称からしても、時間外労働手当に当たるとは認められない。
③ 歩合手当及び歩合2手当が固定残業代であると認められるか
「歩合手当(歩合給)について、まず、平成28年7月20日付け雇用契約書(乙1)を取り交わした以前は、定められた目標を達成した場合に支給するものと定められているにすぎないから(甲1、2)、これが時間外労働手当に当たるものとは認められない。また、上記雇用契約書を取り交わした以降についても、同契約書の記載を前提としても、定められた目標を達成した場合及び時間外割増賃金等の額が職務手当の額を超えた場合に支給と記載され、時間外労働手当以外のものが含まれることが明らかな上、その算定方法や金額の定めがなく、その区別も明らかでないから、これが時間外労働手当に当たるとは認められない。
「歩合2手当についても、証拠上、その内容を定めたものが見当たらないことに加え、上記歩合手当に関する定め等からすれば、これも時間外労働手当に当たるとは認められない。
④ 職務給に残業代が含まれているといえるか
「職務給(職務手当)について、その名称が時間外手当ではなく、それ以外のものを意味する余地がある点に加え、平成28年7月20日付け雇用契約書(乙1)の定めを前提としても、一定時間分の割増賃金及び深夜割増賃金を含むとあって、それ以外のものを含んでいるとも読み取れる記載になっている上、算定方法や何時間分の時間外手当を含むのかも定められていない。そうすると、結局、職務手当のうち、いくらが時間外割増賃金であるのかがわからず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分が明確に区分されていないから、仮にそのような合意があったとしても有効とはいえない(最高裁判所昭和63年7月14日第一小法廷判決・労判523号6頁、最高裁判所平成24年3月8日第一小法廷判決・集民240号121頁等参照)。」
3.無理のある固定残業代の主張と補助参加人社会保険労務士法人
 この事件で行った被告の主張は相当に無理があります。
 契約書に金額・対応時間の記載もないのに、日給に残業代が含まれていると説明したと言い張ったところで、それが裁判所に受け入れられる見込みは乏しいと言わざるを得ません(①)
 内容が定義されているわけでもない「能力給」などの手当を固定残業代だというのも、裁判所の指摘するとおり、名称からして無理があります(②)。
 労働時間ではなく目標の達成とむすびついている歩合を残業代だと言い張るのも困難ですし、固定残業代を採用する場合に明確区分性(ないし判別要件)が必要になることは、判決で昭和63年代の最高裁判例が引用されていることからも分かるとおり、30年以上も昔から指摘されてきたことです(③、④)。
 裁判所の判断は、従来の固定残業代に関する裁判例から予想される範疇の中に留まるもので、驚くような判示事項を含むものではありません。
 本件で目を引かれたのは、判決内容というよりも、被告側に社会保険労務士法人が補助参加していたことです。
 補助参加とは、訴訟の結果に利害関係を持つ第三者が、当事者の一方を補助するために訴訟に参加することをいいます(民事訴訟法42条)。
 補助参加に係る裁判の効力は、原則として補助参加人にも拡張されます(民事訴訟法46条)。
 実務上、補助参加がどのような場合に行われるかというと、訴訟の一方当事者から訴訟告知という手続を踏まれた場合が多いです。
 訴訟告知というのは、訴訟の当事者が訴訟係属の事実を、利害関係を持つ第三者に知らせる手続をいいます(民事訴訟法53条1項参照)。訴訟告知をしておけば、被告知者が実際に裁判に参加しなかったとしても、参加できるときに参加したものと同じような取り扱いがなされます(民事訴訟法53条4項)。
 訴訟に負ける可能性のある当事者は、負けた場合の責任が別の主体にありそうだという場合、訴訟告知という手続をとります。
 そうしておけば、敗訴判決を受けて不利益を被った場合に、その責任を事後的に第三者に問いやすくなるからです。
 訴訟告知を受けた側は、参加しようがしまいが、当事者の一方を勝たせなければ、負けた時に責任を転嫁されることいなります。そのため、訴訟に参加して、自分にとって負けると困る側を補助するため、裁判に参加して行くという選択をとることが多く見られます。
 本件の場合、おそらく、この問題のある就業規則の作成に、問題の社会保険労務士法人が関与していたのではないかと思います。
 訴訟提起を受けた被告側の弁護士は、本件での固定残業代に係る主張が無理筋であることを早々に予感し、敗訴後に専門家として要求される水準のサービスが提供されていない結果こうなったのだとして責任を転嫁するために社会保険労務士法人に訴訟告知を行ったのではないかと思います。そして、社会保険労務士法人は会社側が負けると穴のある就業規則を作ったとしてその責任を問われかねないから、会社側に補助参加したのではないかと思います。
 本件判決の後、被告会社は社会保険労務士法人への責任追及を検討するのではないかと思われます。
 社会保険労務士法人に要求される注意義務の水準としてどの程度のものなのか、気になるところです。
 また、社会保険労務士と弁護士とでは、それぞれ得意とする領域を異にするため、就業規則のような重要な文書の作成・変更に関しては、社会保険労務士と弁護士とのダブルチェックを経ておくと、穴のないしっかりとしたものが仕上がってくるのではないかと思います。