弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

取引先の女性従業員に対するセクハラ、反対尋問を経なくても供述に信用性が認められた事例

1.セクハラ被害者が声を挙げることを躊躇する理由

 セクハラ被害者が声を挙げることを躊躇する理由の一つとして、厳しい反対尋問に晒されることへの不安感・負担感が挙げられることがあります。

 反対尋問とは、その人が言っていることの信用性を否定するために行われる尋問のことです。

 セクハラが行われるのは、人目につきにくい形になりがちです。第三者証言や客観的な証拠に乏しく、立証が被害者の供述の信用性に依存する事案は珍しくありません。

 加害者とされた人は、セクハラの事実を否定する場合、あるいは、性的接触に同意があったと主張する場合、被害を受けたと主張する人の供述に対し、「あなたは嘘をついているのではないか。」という観点からたくさんの質問をぶつけて行くことになります。

 最近だと、山口敬之さんの代理人弁護士が、伊藤詩織さんに行った反対尋問が話題になりました。

https://www.bengo4.com/c_18/n_9875/

 これは係争中の事案であり、真相について軽々なことは言えません。

 また、私なら反対尋問をするにしても、実効性の観点から山口さんの代理人弁護士のような切り口での質問はしないとも思います。

 しかし、リンク先の記事を読めば、こういう尋問に晒されることもあるという意味で、被害を受けたと主張する方の負担感は、ある程度想像できるのではないかと思います。

2.反対尋問が行われなくても被害者供述に信用性が認められた事例

 近時、反対尋問を経ていないにもかかわらず、セクハラを受けたとする被害者供述に信用性を認めた判例が出されました。

 大阪地判平31.2.7労働判例ジャーナル88-44ヤマト運輸事件です。

 この事件で直接のテーマになったのは、懲戒解雇の有効性です。

 被告会社は、従業員原告が、

「集荷業務中に集荷先企業の女性従業員(以下「女性A」という。)を、その意に反して突然抱きしめ、左胸を触るという行為」

に及んだとして、従業員原告を懲戒解雇しました。

 これに対し、従業員原告が、

「女性Aの身体に一切触れていないと供述」

し、懲戒解雇は無効であると主張して、従業員として労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めたのが本件です。

 裁判所は次のように述べて被害女性Aの供述の信用性を認めました。

「女性Aは、その意に反し、原告に抱き締められて胸を触られたと述べている(認定事実(4))。一般的見地に照らすと、女性Aが、示談金を詐取する動機に基づいて、勤務先の取引相手である被告に対し、虚偽の診断書を取得した上で原告の行為や自らの出勤状況について虚偽の申告をしたものとは考え難く、本件全証拠によっても、原告に対する個人的な怨恨から虚偽の供述を行う動機も見当たらない。その供述内容をみても、抱き締められた、胸を触られたという行為の存在自体は、『胸をさわっちゃった』という原告の発言とともに具体的に供述されている。かかる事情に加え、女性Aがうつ状態であるとの診断を受け、平成27年2月頃から出勤できていないこと(認定事実(10))などにも照らすと、女性Aの供述内容は、反対尋問を経ていないとはいえ、十分に信用することができるものといえる(なお、原告は、女性Aが抱き締められた行為と胸を触られた行為の前後は具体的に覚えていないと述べている点を指摘し、その供述内容が不明確であるとするものの、原告の行為によって被る精神的な衝撃を前提とすれば、その具体的な順序について覚えていないとするのは無理からぬところがあるから、原告指摘の事情は女性Aの供述内容の信用性を左右するものではない。)。」

 他方、従業員原告の供述の信用性は、次のような論拠で排斥しました。

「原告は、女性Aの身体に一切触れていないと供述する。確かに、原告は、原告に対する事情確認の当初から、女性Aを抱きしめて左胸を触ったという点については一貫して否認している。」
「しかしながら、原告は、当初、女性Aを抱きかかえる素振りをしたと述べ、その後、女性Aには一切触れていない旨を述べ、さらにその後、女性Aの右肩に左手を回した、あるいは女性Aの右肩を2回叩いたなどとその供述内容は変遷している。
「このように供述内容が変遷した理由について、原告は、以前女性に対してキスをしようとしたことを理由に懲戒処分を受けていたため、原告の言い分は誰にも信じてもらえないなどとB支店長に言われ、真実とは異なるものの、女性Aを抱きかかえる素振りをしたなどと供述し、その後、B支店長やC課長に対し、女性Aの体には一切触れていないなどと真実を告げたものの、さらにその後には、度重なる事情聴取から逃れたいと考えるようになったため、女性Aの右肩に左手を回したなどと虚偽の内容を述べたなどとしている。しかしながら、原告はB支店長の前で自らが真実と考える事実を述べることができていること(認定事実(3))、前記認定事実(6)のように女性Aの右肩に左手を回したと述べたからといって、事情聴取を逃れるという結果に結びつくとは考えられないことからすると、原告が一貫して女性Aの身体に触れたと供述することなく、上記のとおり供述内容を複数回変遷させたことについて、合理的な説明がなされているとはいえない。むしろ、上記供述経過に照らすと、原告は、直接的な客観証拠が存在しない状況において、女性Aを抱きしめて左胸を触ったという重要部分を否認しつつ、自らの供述内容を女性Aの供述内容に近づけることによって、自らの供述の信用性を高め、第三者をして、女性Aの供述内容が女性Aの勘違いに基づくもの、あるいは原告の故意によらずに生じた結果であると信じさせようと試みたと考えることができる。」
「以上に加え、原告において女性Aと300万円を上限として示談を希望する旨の書面を作成したこと(認定事実(7))が、原告供述内容と客観的には整合的でないことにも照らすと、原告の供述内容には信用性がないということができる。」

 結果、セクハラの事実は認定され、従業員原告に対する懲戒解雇は有効であるとの結論が出されました。

3.内容に不自然な点がなく、加害者とされた人の言い分が不合理である場合、被害事実の認定に反対尋問は必須というわけではない

 ヤマト運輸事件では、虚偽供述の動機の不存在、供述内容の具体性、うつ状態で出勤できていないなどの事実経過との整合性から被害女性の供述の信用性が認められました。具体的な順序まで記憶していないことは信用性を減殺する事情としては重視されていません。

 他方、加害者とされた原告の供述は、内容の変遷、変遷の理由を合理的に説明できていないこと、300万円もの金額を上限として示談を希望していた事実との整合性から信用性を否定されました。

 被害を受けたと主張する人、加害者とされた人、それぞれの言い分がもっともらしく聞こえるような事案では、反対尋問なしに被害を受けたと主張する人の言い分が鵜呑みにされることは先ずないと思います。

 しかし、加害者とされた人の言い分が、それ自体合理的とは言い難い場合、特に信用性に疑義を挟むような顕出されていなければ、法廷に出て行かなくても、被害を受けたと主張している方の供述の方が信用できると認定してもらえることは有り得るのだろうと思います。

4.過度な一般化はできないにしても、加害者側が不合理な否認をしているにすぎない場合には反対尋問による負担を回避したまま救済を受けられる可能性がある

 濡れ衣を着せられたと主張する側にとって、反対尋問は非常に重要な権利です。

 そのため、かなり強い確信がなければ、裁判所は反対尋問の必要性があると主張する当事者の声を無視することはないと思います。

 しかし、ヤマト運輸事件のような判決が出たことは、裁判所が明らかに不合理な否認をする当事者のために、敢えて被害者を法廷に呼び、反対尋問による二次被害を生じさせることに対し、慎重になってきていることの現れではないかと思います。

 ヤマト運輸事件のような認定が一般化できるか、特に、被害を受けたと主張する側から加害者とされる人に対する損害賠償請求訴訟の局面でも同様に妥当するのかは不分明です。

 ただ、セクハラ被害者が声を挙げるにあたって、不合理否認をする相手方からの反対尋問を過度に怖れる必要は、今後少なくなっていく可能性があると思います。