弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇されたと思ったのに、「解雇してない」と言われたら

1.「解雇してない」の反論

 勤務先から「もう来なくていい。」などと言われたことを受け、労働者側から解雇が違法無効であることを通知すると、「あの言葉は解雇ではない。」といった反論が返ってくることがあります。

 労働者が勤務先の真意を図りかねて出勤を控えていると、「労務提供がないのだから賃金は払わない。」と言われます。

 このような争い方の可否が問題になった事件が、公刊物に掲載されていました。横浜地判平30.8.23労働判例1201-68横浜A皮膚科経営者事件です。

2.横浜A皮膚科経営者事件

(1)「解雇してない」の反論までの流れ

 本件で原告になったのは、皮膚科を個人経営する医師に雇われていた有期雇用社員の方です。被告になったのは、この皮膚科を個人経営する医師です。

 平成28年3月22日 

「被告は、原告に対し、飲み物が入ったタンブラーを原告の肩付近に押し当て、『お茶を入れて』と告げたところ、原告は、タンブラーを振り払ったため、タンブラーの中身がこぼれ、被告の衣服にかかった。」

という事件がありました。

 この時、

「被告は、原告に対し、解雇する旨を告げ、原告は帰宅」

しました。

 そして、

「被告は、・・・原告の帰宅後、原告に対し、『本日の件により、本日付で解雇(懲戒解雇)にならざるを得なくなりました。長い間お疲れさまでした。』『勝手口玄関の鍵等クリニック関係物品のご返却も宜しくお願い致します。』との電子メールを送信」

しました。

 原告が懲戒解雇の効力を争って提訴したところ、被告は

「そもそも原告を懲戒解雇していない。」

「原告は就労意思を喪失していた。」

などの主張を展開しました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、懲戒解雇の意思表示はある、労務提供の意思は喪失されていない、と判断しました。

「被告が、同日、原告に対し、本件病院内で、口頭で解雇する旨を告げ、原告の帰宅後にも、電子メールで、同日付けで懲戒解雇になった旨と玄関の鍵等の本件病院に係る物品の返却を要請していること・・・、原告は、同月29日、上記要請に基づき、被告に対し、裏口の鍵、制服、エステの台帳等の物品を返却し、被告がこれを受領したこと・・・からすれば、被告は、同年3月22日付けで原告に対して懲戒解雇の意思表示をしたものと認めるのが相当である。」

「同日以降、原告が被告に対して労務を提供しなかったのは、被告から即時解雇である本件懲戒解雇の意思表示、すなわち労務の受領拒絶を受けたからであると認められるところ、本件懲戒解雇の有効性について、被告は何ら主張立証しない以上、本件懲戒解雇が有効であるとは認められないから、上記原告の労務不提供は、被告の帰責事由に基づくものというべきである。」

「本件懲戒解雇後にあっては、むしろ被告から原告に対し、本件懲戒解雇を撤回し、・・・労務提供を受領する旨積極的かつ明確に表示しなければ、前記認定の帰責事由は解消されないものというべきである」

「原告は、平成28年3月22日に本件懲戒解雇がされるまで、本件病院に出勤し、勤務していたのであるから・・・本件懲戒解雇後に原告が出勤しなかったとしても、それは被告が本件懲戒解雇を明示的に撤回しなかったためであり、原告が労務提供意思を喪失したとまでは認めることができない。」

3.「解雇していない」との肩透かしを避けるためには

 「解雇していない。労働者側で勝手に来なくなっただけだ。」といった主張は、解雇が無理そうな事案で使用者側から寄せられる反論パターンの一つです。

 解雇の効力で議論すると負けるから、争いの土俵をずらそうと、このような反論をしてくるのだと思います。

 しかし、懲戒解雇という文言が使われているメールが残っており、物品の返却依頼と依頼に応えての物品の返却まで行われいる事案で解雇をしていないと主張するのは、流石に無理があったのだと思います。

 いざ解雇無効を争おうと思って手続をとった時に「解雇していない」という肩透かしのような反論パターンが寄せられないようにするためには、「もう来なくていい。」などと曖昧なことを言われたら、メール等で「それは解雇という意味でしょうか。」と確認しておくと良いと思います。

 これに対し、「そうだ。」という言質がとれれば、法的措置に移行した時に使用者側から「解雇していない」との主張が出てきたとしても、これを排斥しやすくなるのではないかと思います。

 また、しばらく間を置いて、使用者側からの備品の返却要請を待ったり、相当期間に渡り労務提供を受領するとの連絡が寄せられないことを確認したりすることも、有効な対処法になり得るのではないかと思います。

 紛争は訴訟に入る前から発生しています。

 法的手続をとった時に有利な地歩を占めるためには、訴訟提起以前の段階から、どのような順序でどのような内容の交渉をするのか、交渉開始の時期を何時にするのか、代理人弁護士として交渉に介入する時期をどのように選択するのか、といったことを考えながら行動する必要があります。

 法専門職ではない方が裁判を見据えた交渉をするのは難しいため、訴えてやると心が決まっている場合には、出来る限り早い段階で弁護士に相談してみると良いと思います。、