弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

交代バス運転手の車内仮眠時間の労働時間性

1.交代バス運転手の車内仮眠時間の労働時間性

 交代バス運転手の車内仮眠時間の労働時間性が争われた判例が公刊物に掲載されていました(東京高判平30.8.29労働経済判例速報2380-3 K社事件)。

 裁判所は次のとおり述べて、車内仮眠時間の労働時間性を否定しました。

「運転者が一人では運行距離等に上限があるため、被控訴人は交代運転手を同乗させているのであって、不活動仮眠時間において業務を行わせるために同乗させているものとは認められない。」

「厚生労働基準局の『バス運転者の労働時間等の改善基準のポイント』(書証略)には、『拘束時間は、・・・労働時間と休憩時間(仮眠時間を含む)の合計時間をいいます」、「運転者が同時に1台の自動車に2人以上乗務する場合(ただし、車両内に身体を伸ばして休息することができる設備がある場合に限る)においては、1日の最大拘束時間を20時間まで延長でき、また、休息時間を4時間まで短縮できます。』と記載されている。これによれば、交代運転手の非運転時間は拘束時間には含まれるものの、休憩時間であって労働時間ではないことが前提とされていることが明らかである。」

「被控訴人において、交代運転手はリクライニングシートで仮眠できる状態であり、飲食することも可能であることは前記認定のとおりであって、不活動仮眠時間において労働から離れることが保障されている。被控訴人が休憩や仮眠を指示したことによって、労働契約上の役務の提供が義務付けられたとはいえないから、亡A及び控訴人Dが不活動時間において被控訴人の指揮命令かに置かれていたものと評価することはできない。」

 また、裁判所は、上記以外にも、労働者側の主張を排斥する判断の中で、

「被控訴人が・・・X(運行業務の依頼者 括弧内筆者)の評価を下げるような行動をしないよう指示命令したことを認めるに足りる証拠はない」

「制服の着用は義務付けられていたものの、被控訴人は制服の上着を脱ぐことを許容して、可能な限り控訴人らが被控訴人の指揮命令下から解放されるように配慮していた」

「交代運転手が不活動仮眠時間に乗客の苦情や要望に対する対応を余儀なくされることがあったとしても、それは例外的な事態である」

「交代運転手が不活動仮眠時間において道案内その他運転手の補助をする状況が生ずることを認めるに足りる的確な証拠はない」

「交代運転手は被控訴人から非常用に携帯電話を持たされていたものの、被控訴人からの着信がほとんどないことは前記認定のとおりである」

と車内仮眠時間が労働時間に該当しないとの結論を補強しています。

2.仮眠時間が労働時間に該当するかは微妙な判断になる

 仮眠時間の労働時間性に関しては、リーディングケースとなる最高裁判例が存在します。最一小判平14.2.28労働判例822-5 大星ビル管理事件です。

 この判決はビル管理会社の従業員の仮眠時間の労働時間性を判断するにあたり、

「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。」

との判断枠組みを示しました。

 以降、仮眠時間の労働時間性は、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると「評価」されるか否かによって判断されています。

 ただ、判断基準が評価概念であることから、判例は必ずしも安定していません。微妙な事実関係の違いで、仮眠時間は、労働時間に該当したり、該当しなかったりします。

3.「交代バス運転手の車内仮眠時間 イコール 非労働時間」ではない

 本件のような判例が出されると、交代バスの運転手の車内仮眠時間は労働時間ではないという論理式のような形で情報が拡散されがちです。

 しかし、労働時間性の判断は、それほど単純ではありません。

 K社事件で車内仮眠時間の労働時間性が認定されなかったのは、使用者側が労働時間性を認定されないように相当気を遣っていたからです。

 車内にリクライニングシート(身体を伸ばして休息することができる設備)がなかったり、飲食が制限されていたり、制服の上衣を脱ぐことが許容されていなかったり、苦情対応に相当時間を割かれていたり、運転手の補助作業をしていたり、電話に会社からの着信が多数回確認されていたりしたら、形式上、仮眠時間と呼称されていたとしても、それが労働時間に該当すると判断される可能性は十分にあると思います。

 労働時間への該当性は、勤務実体に左右される微妙な判断です。交代バス運転手の車内仮眠時間には労働時間性は認められないといったように、演繹的に結論が導かれるものではありません。

 勤務実体によっては、交代バス運転手の車内仮眠時間に労働時間性が認められることは十分にあり得ると思います。

 したがって、本件のような裁判例が出たからといって、残業代の請求を諦める必要はありません。残業代の請求が可能かどうかを確認するにあたっては、「自分の勤務実体を踏まえるとどうか。」という個別事案に対する見解を弁護士に尋ねていく必要があります。気になるバス運転手の方は、ぜひ、一度ご相談ください。