弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

若年性認知症に罹患している人の労働問題(懲戒処分)

1.若年性認知症に罹患していた公務員の窃盗行為と懲戒処分

 窃盗行為を理由とする懲戒免職処分の有効性が争われた事件が公刊物に掲載されていました(東京地判平30.10.25労働判例1201-85国・防衛大臣(海上自衛隊厚木航空基地隊自衛官)事件)。

 この事件の特徴は、懲戒免職処分を受けた自衛官の方が若年性認知症に罹患していたことです。

 懲戒免職処分の原因となった非違行為は、コンビニエンスストアでの飲料の万引きです。

 裁判では、懲戒処分をするにあたり、若年性認知症に罹患していたことを、どのように考慮するのかがテーマになりました。

2.裁判所の判断

 裁判所は、次のように述べて、窃盗行為が懲戒事由に該当することは認めましたが、懲戒免職処分は取り消されるべきであると判示しました。

〔懲戒事由への該当性〕

「原告は、本件の窃盗行為当時、若年性認知症又は軽度認知障害等によって認知機能が低下しており、このことが原告の事理弁識能力又は行動制御能力に影響を与えていたことを否定することはできないものの、少なくとも上記各能力の減退が著しい程度に至っていたと認めることはできない。
「したがって、原告が、当時、若年性認知症又は軽度認知障害等にり患していたとの事情は、他の争点との関係は別として、少なくとも同人の窃盗行為が自衛隊法46条1項2号の懲戒事由に該当するとの限りにおいては、その判断を左右するものではないから、原告の上記主張は採用することができない。」

〔懲戒処分の相当性〕

「原告は、本件の窃盗行為の懲戒事由該当性を左右するものではないものの、本件の窃盗行為当時、若年性認知症又は軽度認知障害等によって認知機能が低下しており、原告の事理弁識能力又は行動制御能力に影響を与えていた疑いがあることは前判示のとおりであり、このことも一事情として考慮すべきである。
「以上のとおり、懲戒処分の対象となる原告の窃盗行為は、本件処分が前提とした複数回にわたって合計7441円相当の栄養ドリンク等を窃取したものではなく、2回にわたって栄養ドリンク各1本を窃取したものであり、被害の程度は軽微であり、態様も特段悪質とはいえないことに加え、前判示に係る被害弁償、過去の処分歴、若年性認知症等の事情を総合すれば、隊員としての品位を著しく傷つけ、又は自衛隊の威信を著しく損なう違反とまではいえないから、違反態様が『重い場合』として懲戒免職処分を適用することは重きに失するものであり、重くとも『軽微な場合』として停職処分が相当であったというべきである。」

3.若年性認知症患者が働くこと

 近時、若年性認知症という疾患が注目されるようになっています。

 若年性認知症に関しては、厚生労働省が、ハンドブックや、支援ガイドブックを作成、公表しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000167853.html

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/handbook.pdf

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/guidebook_1.pdf

 ハンドブックによると、認知症が「65歳未満で発症した場合」、若年性認知症と言われます。

 全国に約3万8700人の患者がいて(平成21年3月発表)、発症年齢は平均で51.3歳、約3割が50歳未満で発症していると書かれています。

 疾患の影響で債務の本旨に従った労務の提供に困難が生じたとしても、配偶者や子どもを養うため、簡単には仕事を辞められない人が少なくありません。

 こうした方の就労をどのように支えるのか、非違行為を起こしてしまった場合に職場としてどのように対応するかは、今後、労働法上の重要なテーマになってくる可能性があるのではないかと思います。

 若年性認知症に罹患している事実が、懲戒事由への該当性や懲戒処分の量定に、どのように影響するのかを考えるにあたり、参考になる事例だと思います。