弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

家の保証人になってしまい、多額の滞納賃料等を請求されている方へ

1.家の賃貸借契約の保証人

 家を借りたいという親族から依頼されて保証人になったことがある方は、決して少なくないと思います。

 しかし、保証人になることには、結構なリスクを伴います。

 賃借人が賃料を払わなくなってしまった場合、滞納賃料や、違約金、賃料相当損害金といった諸々の費用を請求されることになります。

 滞納分が累積した後、突然多額の保証債務の履行を求められて、トラブルになる例は古くから後を絶ちません。

 近時も、市営住宅の賃借人の保証になった人が、賃貸人である市から多額の滞納賃料等の請求を求められた事件が公刊物に掲載されていました。

 横浜地相模原支判平31.1.30判例タイムズ1460-191です。

2.事案の概要

 この事件で保証人になったのは、賃借人の母親です。

 賃貸借契約が締結されたのは平成16年3月19日で、その際、母親が連帯保証人になりました。

 賃借人の方は、平成16年8月ころから賃料を滞納し始めました。

 その後、生活保護の代理納付(支給部署から賃料を直接納付する仕組み)がとられるようになったものの、平成27年4月に生活保護が廃止され、再び賃料が納付されないようになりました。

 平成28年5月31日、母親は市に電話連絡し、

「訴外賃借人とは長年連絡がとれず、被告(母 括弧内筆者)も現在年金暮らしであるので、訴外賃借人を本件住宅から追い出すなど厳しく対応して欲しい」

と伝えました。

 しかし、市は

「最終的な滞納分は保証人である被告に請求が行くようになるので、家族で話し合って欲しいなどと言うのみで、具体的に本件賃貸借契約の解除や明渡の手続を行うことは」

ありませんでした。

 その後、平成30年になって、建物明渡や連帯保証債務の履行を求める訴えが提起されました。

 正確な提訴時機は不明ですが、

「訴外賃借人・・・に対しては、公示送達等により訴状等が送達され・・・第1回口頭弁論期日(平成30年2月28日)に訴外賃借人が答弁書等提出しないまま出頭せず、口頭弁論が分離され・・・」

という記載があるため、賃借人と保証人がセットで訴えられたのは、平成30年1月ころではないかと推測されます。

3.裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、市の平成28年5月31日以降の滞納賃料等の請求を認めない判断をしました。

「期間の定めのない継続的な建物賃貸借契約の保証契約を締結した場合において、①上記保証契約締結後相当な期間が経過し、②賃借人が賃料の賃料の支払を怠り、将来においても賃借人が債務を履行する見込みがないか、③保証契約締結後に賃借人の資産状態が悪化し、これ以上保証契約を継続させると、保証人の賃借人に対する求償権の行使も見込めない状態になっているか、④賃貸人が上記事実を保証人に告知せず、保証人が上記事実を認識し、何らの対策も講じる機会も持てないまま、未払賃料等が累積していったり、⑤上記のような事情のため、保証人が保証債務の拡大を防止したい意向を有しているにもかかわらず、賃貸人が依然として賃借人に上記建物の使用収益をさせ、賃貸借契約の解除及び建物明渡しの措置を行わずに漫然と未払債務を累積させているような場合には、賃貸人の前記保証契約上の信義則違反により、賃貸人が保証契約の解除により信義則上看過できない損害を被るなどの特段の事情がない限り、保証人は、賃貸人に対する一方的意思表示により、上記保証契約を解除し、以後の保証債務の履行を免れることができる

「①本件連帯保証契約は、期間の定めのない継続的な建物賃貸借契約であり、②賃借人である訴外賃借人が賃料の支払を怠り、将来においても訴外賃借人が債務を履行する見込みはなく、③訴外賃借人の資産状態はそもそも悪く、本件連帯保証契約を継続させると、被告の訴外賃借人に対する求償権の行使も見込めない状態であり、④被告が何度も原告に対し、訴外賃借人の退去の措置を求めており、保証責任の拡大防止の意向を示し、連帯保証責任の存続を欲していない意向を示していたにもかかわらず、原告が依然として訴外賃借人に本件住宅を使用収益をさせ、本件賃貸借契約の解除及び建物明渡しの措置を行わず、毎月の未払賃料及び違約金の債務を累積させていたことが認められ、原告には、本件連帯保証契約上の信義則違反が認められ、連帯保証人である被告は、賃貸人である原告に対する一方的意思表示により、本件連帯保証契約を解除し、以後の保証債務の履行を免れることができると解すべきである。また、後記(3)のとおり、上記事情を考慮すると、上記時点以降の原告の被告に対する保証債務の履行請求は、権利の濫用として許されないと解すべきである。」
「そして、被告は、平成28年5月31日に原告に対し、訴外賃借人とは長年連絡がとれず、被告も現在年金暮らしであるので、訴外賃借人に本件住宅から追い出すなど厳しく対応して欲しい旨伝え(乙2、12)、上記時点では、本件連帯保証契約締結時及び訴外賃借人が賃料を滞納し始めてから約12年以上が経過し、原告はもちろん、被告も訴外賃借人と接触・連絡も長年とれず、今後訴外賃借人が賃料を支払う意思やその蓋然性もなく、被告が70歳を超え年金生活(平成26年)になって既に約2年が経過し、訴外賃借人の生活保護の代理納付が終了して新口座からも引き落としができなくなって(平成27年4月)から約1年以上も経過し、未払賃料の累積額も1年分(合計38万7200円)に上っていることから、上記平成28年5月31日をもって、本件連帯保証契約について、被告の原告に対する一方的解除が許容され、上記時点で被告の契約解除の黙示の意思表示がなされたと認めるのが相当である。

「原告が被告に対し、前記・・・解除の有無にかかわらず、原告が被告に対し、前記平成28年5月31日以降の本件連帯保証契約に基づく支払を請求することは、権利の濫用として許されないと認めるべきである。」

4.家主からいきなり多額の滞納賃料を払えと言われたら

 この裁判例は、家主からいきなり多額の滞納賃料を払えと言われた場合の対応について、幾つかの示唆を与えてくれます。

 この場合、先ずは、家主に対し、速やかに賃借人を追い出すなどの措置を講じるように求めることです。そうしておけば、後々、それは保証契約解除の意思表示だと理解してもらえる可能性が出てきます。

 また、保証契約解除と理解してもらえるようなことができていなかったとしても、直ちに諦める必要はないということです。

 本件の裁判所は、

「解除の有無にかかわらず、・・・連帯保証契約に基づく支払を請求することは、権利の濫用として許されない」

と契約解除の黙示の意思表示がなされたと認められるような事情がなかったとしても、結論が変わらないことを示唆しています。

 いきなり多額の滞納賃料等を払えと言われて対応に困っている方、いきなり多額の滞納賃料を払えと言われて無視していたところ訴えられて困っているという方がおられましたら、一度弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。

 厳格な要件のもとではありますが、賃貸借契約に伴う保証契約に関しては、保証人の負担が過大にならないようにするための判例法理が形成されているため、負担を抑えることができるかも知れません。