1.仕事の量が少ないと帰された場合の賃金
ネット上に、
「『仕事がないから、有給休暇つかって休んで』 そんな指示、従うべき?」
という記事が掲載されていました。
https://www.bengo4.com/c_5/n_9842/
記事では、
「『仕事の量が少ないため、今日は昼で帰って良い。残りの半日分は有給休暇を使ってください』と言われて応じてしまったが、法的には問題ないのか?」
「相談者はパート従業員として働いています。会社の指示について、『本当に有休を使って休みたい時に休めなくなる』と疑問を感じたそうです。」
という設例をもとに、仕事の量が少ないからと帰された場合の法律関係を解説しています。
記事の弁護士の方は、
「使用者の責に帰すべき事由により、労働者を休ませた場合、会社は賃金の60%以上の休業手当を支払わなければなりません(労働基準法第26条)。」
「ここでいう『責に帰すべき事由』とは、不可抗力の場合を除き、経営上の障害を広く含むとされており、仕事の量が少ない場合もこれに含まれると考えられます。」
「したがって、会社としては、仕事が少ないために昼で労働者を帰すのであれば、午後分の賃金の60%以上の休業手当を支払うべきです」
と述べています。
しかし、設例の事案において、本当に会社側は労働基準法26条に基づく休業手当を支払うだけで済むのだろうか? と思います。
2.休業の場合の賃金の取扱いに関する一般論
民法536条1項は、
「・・・当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。」
と規定しています。
これは、使用者にも労働者にも責任がない不可抗力で労務を提供することができなくなってしまった場合には、労働者は賃金の支払いを受けることはできないという意味です。
民法536条2項本文は、
「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。」
と規定しています。
これは、使用者の責任によって労務の提供をすることができなくなってしまった場合、労働者は賃金債権を失わない(100%を請求できる)という意味です。
一方、労働基準法26条は、
「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」
と規定しています。
そして、民法536条2項本文と労働基準法26条の適用関係については、最二小判昭62.7.17労働判例499-6ノースウエスト航空事件が、
「休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基準法二六条の『使用者の責に帰すべき事由』の解釈適用に当たつては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると、右の『使用者の責に帰すべき事由』とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法五三六条二項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。」
と判示しています。
その趣旨を噛み砕いていうと、民法536条2項に言う強い意味での使用者の「責に帰すべき事由」までは認められない場合であったとしても、労働基準法26条の「責に帰すべき事由」が認められる場合はあり、そういう場合には賃金を100%払う必要はないにしても、60%以上は払わなければならない、ということです。
3.設例の場合をどう考えるか
(1)回答者の弁護士の方の発想(推測)
回答者の弁護士の方は、
最高裁は、使用者側に起因する経営、管理上の障害は、民法536条2項の「責に帰すべき事由」にはあたらないものの、労働基準法26条の「責に帰すべき事由」に該当すると判示している、
仕事が少ないために昼で労働者を帰すことは、「経営上の障害」に該当する、
だから、仕事が少ないために昼で労働者を帰す場合、午後分の賃金の60%以上の休業手当を支払えば足りる、
という理解に立っているのだと思われます。
(2)「経営上の障害」はそんなに簡単に認められるものか?
しかし、「経営上の障害」が、寝耳に水的に「仕事がないから今から帰れ」というような場合にまで認められるものなのかは、疑問に思っています。
例えば、横浜地裁平12.12.14労働判例802-27池貝事件は、
「労働者の賃金を一部カットして帰休制を実施することは、労働者に就労の権利の一部行使制限や賃金の一部カットといった不利益を与えることとなり、就業規則を含む労働者との雇用契約の一部を一時的に労働者に不利益に変更することにほかならないから、就業規則の不利益変更に適用される法理に準じて、そのような帰休制が、右のような不利益を労働者に受認させることを許容し得るような合理比を有することを要するというべきである、そして、右合理性の有無は、具体的には、帰休制実施によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の帰休制実施の必要性の内容・程度、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応等を総合考慮して判断すべきであり、右合理性がある場合は、使用者が帰休制を実施して労働者からの労働の提供を拒んだとしても、民法536条2項にいう『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』が存在しないものというべきである。」
との判断枠組みを示し、
「帰休制を実施することも、やむを得ない経営状況にあった」
ことを認定しながらも、
「組合に対して、真剣かつ公正な方法で誠実に交渉したものとは到底いうことができない」
などとして、
「民法536条2項にいう『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』が存在するものといわなければならない。」
とし、
「原告らがカットされた賃金の支払を求める本件請求には理由がある。」
と判示しています。
噛み砕いていうと、
経営状態が良好ではなかったとしても、従業員を帰らせて労働基準法26条の休業手当の問題として処理するには、組合との交渉などのきちんとしたプロセスを踏まなければならない、
そうしたプロセスに欠ける以上、「経営上の障害」に行きつく以前の問題として、そもそも民法536条2項の「責に帰すべき事由」がないとは認められない、
だから、賃金カットは認められない、
よって、会社は賃金の100%を支払うべき、
という趣旨です。
この例からも分かるとおり、「経営上の障害」というのは、使用者が思いつきで「仕事がないから、今日の午後は帰れ」と言ったら直ちに認められるというほどラフなものではありません。
帰らせて労基法上の休業手当の問題に落とし込まなければならない差し迫った理由があるだとか、事前にきちんと話し合いのプロセスを踏んでいるだとか、かなりきちんとした事情がなければ、民法536条2項の「責に帰すべき事由」を認定され、100%の支払が必要になってくるのではないかと思われます。
記事の事案でも、何の事前協議もなく寝耳に水的に「今日は昼で帰って良い。」と言われただけであれば、100%の賃金を請求できておかしくないと思います。
組合との誠実な交渉が欠けていることを理由に帰休制の効力を否定し、カット部分の賃金の支払いを命じた裁判例があることから、本件を安易に労働基準法26条の問題とするのは危険だと思います。
少なくとも、私が設例の会社から「今日、昼に来た従業員を、仕事がないからという理由で帰らせて、60%の賃金の支払いで済ませようかと思うが、どうか。」と相談を受けたとしたら、「それは少し思いとどまった方が良いでしょう。」と答えると思います。
また、設例のような相談者からカット部分を含め100%の賃金を請求できないかと相談を受けたとしたら、「下級審裁判例の趣旨から請求できる可能性は十分あると思いますよ。」という回答をすると思います。
似たような事案で、賃金カットに違和感を持っている方がおられましたら、ご相談をお寄せ頂ければと思います。