弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ・アカハラ等で不幸になる人を減らすには

1.セクハラ・アカハラ等をした大学教授が懲戒解雇された例

 セクハラ・アカハラ等を理由としてなされた女子大の大学教授への懲戒解雇の効力が争われた事例が公刊物に掲載されていました(東京高判平31.1.23判例タイムズ1460-91)。

 裁判所は多数の懲戒事由を認定し、懲戒解雇を有効だと判断しました。

2.裁判所が懲戒事由として認定したセクハラ・アカハラ等

 裁判所が懲戒事由として認定したセクハラ・アカハラ等は次のとおりです(判決書別紙1 懲戒事由 より引用)。

① 平成23年6月から7月頃、資料室及び**教室において、数回にわたって、C科期限付助手(当時)乙山花子(旧姓乙川)に対し、「バッグを買ってあげるから一緒にお出かけしよう。」「買い物に行きませんか。」などと執拗に買い物に誘った。

② 平成23年9月頃、**教室において講義中、アシスタントをしていた乙山花子に対し、突然モノマネをするように指示し、同人にその意思に反して学生らの前でこれをさせた。

③ 平成23年12月9日、居酒屋✕✕において、D大学語学研修の打ち合わせのために来校したP4との食事会が行われた際、乙山花子が同席しているにもかかわらず、C科研究科教授P5と、「全教授のAP4さんは、ジョッキーの旦那さんと結婚して退職した。今は、AP4さんの方が馬乗りになっているのでは。」「騎乗位ってことですか。」などと談笑した。

④ 平成24年頃、資料室において、前屈みになって印刷・製本作業をしていた乙山花子の後ろを通りながら、「お尻を触りたくなる。」と発言した。

⑤ 平成25年夏頃、資料室において、数回にわたって、乙山花子及び他の女性教職員に対し、同人らの着衣の素材を尋ねたうえ、「ちょっと触らせて。」と言って、同人らの着衣の肩や腕の辺りを触った。」

⑥ 平成25年頃、**教室において講義中、学生らに対し、英語で「96」を「無いねセックス」と発音するように指導し、学生らにその旨発音させ、その後も、数回にわたって、同様のことを繰り返した。

⑦ 平成26年12月頃、資料室において、自らの手を乙山花子の腕に伸ばそうとし、同人が「触らないでください。」と言うと、近くのデスク上の箱をバンと大きな音を立てて叩いたうえ、激しい口調で「もう絶対触らないからない。」と怒鳴った。

⑧ 平成27年1月頃、資料室において、乙山花子に対し、大学を辞めるのか辞めないのかはっきりさせるよう部屋の外まで聞こえるような大声で怒鳴った。

⑨ 平成24年頃、当時本学学生であったS1に対し、同人1人を映画に誘って、同人の意向を無視して洋服を買い与え、映画館内では同人の手を握り、拒否されたにもかかわらず映画館外に出た後も身体を密着させようとし、また、D大学語学研修の際、同人の意思に反して金員を渡した。

⑩ 乙山花子など特定の女性教職員に対する呼びかけやメールなどで、下の名前で呼び捨て、あるいは様付けで呼び、また「東方三美人」等と呼称した。

⑪ 平成27年3月27日、研究室において、C科期限付助教AP2に対し、同日ハラスメント防止対策委員会の事情聴取があったことやその内容について話をするなどした。

3.セクハラ・アカハラ等に対する裁判所の判断

 上記のようなセクハラ・アカハラ行為に対し、裁判所は次の評価を下しています。

「第1審被告が開設する学校は、幼稚園を除き、女子学生のみを受け入れる女子学校である。Z大学も女子大学である。いうまでもなく、女子大学にとって、男性教授による女子学生や若手女性職員に対するセクハラ行為があることは、教育機関としての信用を失墜させ、学校法人の経営自体にも大きな悪影響を及ぼす行為である。セクハラ行為以外のパワハラ行為やアカハラ行為につていも同様である。」

「第1審原告は、C科の学科長又はベテラン教授という学科内のハラスメント防止等を主体的に推進していくべき地位にありながら、本件懲戒事由であるハラスメント行為を、多数にわたり、反復継続して実行してきた。また、本件懲戒解雇時においては、第1審被告は、懲戒事由に当たる行為の多くについて反省が不十分であり、常習性がみられ、同種行為の再発のリスクが非常に高かったものである。」

「本件懲戒事由は、個々の行為を個別に処分すると仮定すれば、懲戒免職を選択するのは処分として重すぎるという判断に傾くものが多いことは事実である。しかしながら、懲戒事由が多数に及び、その内容も第1審被告の教育機関(女子大学)としての信用・評判を著しく低下させるもの(女子学生との個人的交際の試みなど)が複数含まれているほか、本件懲戒解雇時においては、第1審原告に十分な反省がみられず、懲戒事由の多くに常習性がみられて第1審原告による同種行為の再発リスクも非常に高かった。これらのことに加えて、第1審原告が学科長というC科のトップの地位にあったことから通常の職員よりも行為に対する責任が重いこと、本件懲戒事由からうかがわれる第1審被告のパワハラ体質がC科内部の風通しを悪くして、C科の教育環境、職場環境を著しく汚染し、ハラスメント行為が包み隠されて表面化が著しく遅れたことに一役かっていると評価せざるを得ないこと、第1審原告の本件懲戒事由により第1審被告の教育機関としての信用や評判を落とすリスクも非常に高かったこと(同種行為の再発リスクも非常に高かったこと)を併せて考慮すると、本件懲戒解雇には労働契約法15条及び16条にいう客観的に合理的な理由があり社会通念上の相当性も備えているものであって、懲戒免職処分を選択したことについて第1審被告の学校法人(女子大学)としての裁量権の乱用は逸脱があったというには、無理があるところである。」

4.当該大学の企業統治の在り方はどうなっていたのか?

 この裁判例に目を通した時に第一印象は、当該大学のガバナンスは一体どうなっていたのだろうか? という疑問でした。

 問題の大学教授は学生と個人的な交際をしようとしたり、助手に手を出そうとしたり、講義では学生に性行為を連想させる言葉を言わせたり、ハラスメント行為を繰り返していました。しかも、こっそりと隠れてやるのではなく、人目を気にせず大っぴらにやっていた形跡があります。

 何年にもわたって、このようなことが繰り返されていて、誰も止めなかったのだろうかと思います。

 早い段階で制止されていれば、大学教授は不名誉な懲戒解雇は避けられたはずですし(個々の行為が懲戒解雇事由として弱いことは傍線部参照)、大学は評判を下げずに済みました。女性職員は大学を辞めずに済んだかも知れませんし、悪ふざけに付き合わされた学生はもっと少なくて済んだのではないかと思います。

 こうしてみると、セクハラ・アカハラ等で不幸になる人を減らすには、職場環境が汚染される前に、早期に芽を摘んでいくことが重要であることが分かるのではないかと思います。

 早期にセクハラ・アカハラ等の芽を摘んでいくにあたり、企業はもっと弁護士を積極的に活用しても良いのではないかと思います。

 ハラスメント対応は企業にとって難しい仕事の一つです。被害を看過すれば被害者から訴えられかねないし、加害者とされた人の言い分を適切に理解できなければ懲戒処分が違法不当であるということでやはり訴訟リスクを抱えることになります。

 関係者の供述の信用性を評価し、証拠から事実を認定し、当該事実を法的にどのように評価するのかを考え、適切な処分を下し、再発の防止に何が必要なのかを考えて行く、こうした作業を行うためには、事実認定に関する知見と、裁判例に関する豊富な知識が必要になります。

 弁護士は法専門家としてハラスメント事案に関する知識を蓄積していますし、訴訟実務の中で事実認定に関する知見を磨いています。

 大学を擁するような学校法人であれば、顧問弁護士の一人や二人いてもおかしくないと思います。ハラスメントを目にした人が顧問弁護士に直接コンタクトをとれるような仕組みが採用され、周知されていたとすれば、本件も違った経過を辿っていた可能性があるのではないかと思います。